2018年3月29日木曜日

泥酔者 4 - 3

 ハイネの端末にメッセージが入った。ハイネはアイダに断って画面を見た。メッセは元第1秘書のジェレミー・セルシウス・ドーマーからで、局長の業務は彼が代行するので安心して休んで下さい、と言う内容だった。セルシウスは2年前に引退したが、まだ「黄昏の家」には入っていない。同じ頃に出産管理区の業務を引退した女性ドーマーと結婚して遺伝子管理局の内勤指導に能っている。晩婚だが、女性のハートを射止めたことで若いドーマー達の羨望と尊敬の的になっているのだ。内勤指導は沢山の報告書の清書や動植物の遺伝子管理の総まとめをするので、仕事は多いが急くような内容ではないので、局長の手伝いを好きな時に出来る。
 ハイネは病欠ではないが、精神的に落ち込んでいたので、部下の気遣いが有り難かった。宜しく、と返信してからアイダを見ると、彼女はその短時間に考えをまとめていた。

「私はセドウィック博士と一緒に15年働き、彼女の副長として出来る限りの努力をして来ました。とても楽しかったし、宇宙に残して来た家族も理解を示してくれました。でも、セドウィック博士が退官される時、彼女は言ったのです、『多くの子供達を母親から盗んで来た罪の意識は心から消えない』と。
 私も同じことを心の底で考えていたので、彼女の口から言われると胸に応えました。そして彼女がドームから去って、私は区長になりました。全ての責任が私に覆いかぶさって来たような気持ちで、この10年間なんとかやって来ましたが、仕事を終えて、誰もいないアパートに帰ると、理由もなく寂しくて悲しい気分になるのです。私はまだ罪を重ね続けている、自分の子供も満足に育てられないのに他人の子供を盗んでいる。
 私は鬱になっているのでしょうね。職場では地球人の母親達に笑顔を見せ続けなければなりません。自分の感情を見せたり、弱音を吐いたり出来ません。
 でも、私は、そんなに強い人間ではないのです。キーラと一緒の時は、彼女が私を支えて、励まして守ってくれました。でも彼女がいなくなると、私が部下達を支え、励まし、守らなければなりません。私には重荷なのです。
 孫の世話をしたいと言うのは建前で、本心はもう逃げ出したいのです。」

 一気に喋ってしまい、アイダ・サヤカは口を閉じた。暫く呼吸を整えるかの様に大きく息をしながらハイネを見た。

「人は誰でも弱いものです。」

とハイネが静かに言った。

「ですが、これだけは信じて欲しい。私達ドーマーは時々冗談で自分達のことを『盗まれた子供』と呼びますが、本心から言っているのではありません。私達は、ドーマーとして選ばれたことを誇りに思っています。地球人復活の為に選別され、地球で最も整った環境の下で最高の教育を受けて大切に育ててもらっています。キーラの母親は私のことを『囚われの身の王子様』などとふざけた呼び方をしたそうですが、私は自分が囚われていると思ったこともありません。ドーマーは貴女が罪を犯しているなど、決して信じません。
 貴女がなさっていることは、本当に地球人にとって必要なことなのです。貴女がそれを否定なさるのでしたら、地球上の全てのドームの業務が否定されることになる。そして私達ドーマーの存在すら否定することになります。
 どうか、貴女自身を卑下なさらないで下さい。自信をお持ち下さい。そして・・・」

 ハイネはじっと彼女の目を見つめた。

「ここに、私、ローガン・ハイネがいることを忘れないで頂きたい。貴女が寂しい時、悲しい時、私は貴女を支えて行きたい。」

 アイダは彼が言っていることを理解しようと、考え、困惑した。最後の言葉の意味をどう受け止めるべきか、考えたのだ。ハイネが立ち上がった。テーブルを周り、彼女のそばに来ると、いきなり床に片膝をついて身を屈めたので、彼女はびっくりした。

「何の真似ですの、局長・・・」

 ハイネが言った。

「貴女のことは私が一生を掛けて守ります。ですから、ここに残って下さい。お願いします。」