2018年3月4日日曜日

脱落者 15 - 3

 翌日の昼前に行われるドーム幹部の日程予定打ち合わせには、いつものメンバーが揃っていた。ケンウッド長官の執務室に、ハイネ遺伝子管理局長、ベックマン保安課長、そして新副長官ヴェルティエンと、車椅子に座ったブラコフ副長官だ。ブラコフは歩けるが視覚がまだないので、車椅子で医療区からやって来た。秘書スペースには、月から来たばかりの新人のコロニー人秘書が緊張の面持ちで座っていた。ロッシーニ・ドーマーが彼を優しい・・・とは言えない目で見ている。新入りがしくじったら補佐する役目なので、彼も気を張っているのだ。
 日程予定打ち合わせは通常保安課長の参加はないのだが、その日は特別だった。班長会議でセシリア・ドーマーに対する裁決が下るので、結果を聞かなければならなかった。ドアのチャイムが鳴り、ロッシーニに目で急かされて新人秘書が応対のボタンを押した。女性の声が聞こえ、ロッシーニが頷いたので、彼は「どうぞお入り下さい」と言って、ドアを開いた。
 出産管理区長のアイダ・サヤカ博士が入室した。彼女の登場はケンウッドだけが聞かされていたので、他のメンバーは皆驚いた。素早く女性好きのハイネ局長が彼女の席を自身の隣に用意して、彼女を誘導した。ベックマンが不安気に呟いた。

「アイダ博士まで呼ばれると言うことは、セシリア・ドーマーの処遇は出産区絡みでしょうか?」

 ヴェルティエンが肩を竦めた。それからブラコフには見えないのだと思い出して、口で「どうでしょうか?」と囁いた。
 ケンウッドは時計を見た。日程予定打ち合わせはとうに終わっていた。昼食の時間だ。ハイネは遅くなっても平気だが、ブラコフは医療区の給食時間が決まっているので、時間内に帰してやらないと、医療区から苦情が来る。ヤマザキ・ケンタロウはこう言うところは厳しいのだ。
 やっとロビン・コスビー・ドーマーがやって来た。遅くなったことを少しも悪く思っておらず、一言、「裁決が出ました」と挨拶がわりに言って、着席した。

「どうなった?」

とベックマンが急く様に尋ねた。コスビーが一同を見回した。

「セシリア・ドーマーをドーム外に追放します。」
「外に追放?!」

とベックマンが声を上げたが、ハイネは頷いただけだった。ケンウッドは裁定の意味を考えた。

「外の世界を何も知らない人間を、いきなり外へ放り出すのかね?」
「そうです。」
「しかし、女性は貴重だろう?」

とまたベックマン。するとハイネが言った。

「女性ドーマーは元々外で生きる為に生まれて来たのですよ、保安課長。」
「しかし・・・外の世界の暮らしも危険性も何も知識がないのに・・・」
「これは処罰です。」

 コスビーが咳払いして幹部の注意を自身に向けた。

「ドームに牢獄はありません。セシリア・ドーマーはフェリートに騙されて爆弾の触媒を調合して3名を死亡させ、ブラコフ副長官とエヴァンズ薬剤師に重傷を負わせ、ハイネ局長を錯乱の下に殺害しようとしました。無罪とするには、結果が重すぎます。しかし、有罪にしても彼女を置く場所がドームにはありません。コロニーに送ることは許されない。
ですから、ドームの外で、普通の地球人として暮らすことが、彼女への処罰です。ドームからの保護は一切ありません。元ドーマーとは違うのです。そして監視は付きます。遺伝子管理局出張所が彼女を監視して、行動をドームに報告します。」

 ハイネが眉を上げてコスビーを見た。遺伝子管理局にまだその話は来ていないのだ。

「どこの出張所が担当するのだ?」

 コスビーが自身の端末メモを見て確認した。

「北米北部班のアラスカ、アンカレッジ出張所です。」

 一同の中で、ただ独りアラスカへ行ったことがあるヴェルティエンが思わず口笛を吹いた。

「冬は極寒ですよ、アラスカは!」
「ですから、セシリアには辛いでしょうな。」

 コスビーは続けた。

「勿論、何の準備もなく放置することはしません。そこまで我々は非道ではない。取り敢えず、彼女に新しい身分と名前を与え、薬剤師として生きる道は用意します。そこからどんな人生を送るかは、彼女次第です。」

 彼はアイダ博士を見た。

「セシリア・ドーマーには、女性クローンの本来の役目、地球人の母親となる役目を課します。彼女が望んでいた自由な恋愛が出来れば良いのですが・・・彼女が出産することになったら、その時は、よろしくお願いします。普通の母親として面倒を見てやって下さい。奪った命の数だけ、子供を産んでくれれば良いのですが。」

 アイダ・サヤカは自分が呼ばれた理由を理解した。爆発の後、セシリアの手術をして看護したのは出産区だ。

「わかりました。彼女が幸せな母親となってくれる様、祈っています。」