2018年3月28日水曜日

泥酔者 4 - 2

 ケンウッドがヤマザキからハイネの気鬱の話を聞いている丁度その時に、当の遺伝子管理局長は出産管理区長を一般食堂で発見した。
 ハイネは前夜、ヤマザキに飲酒を止められ、眠れないのであれば、と無理矢理睡眠薬を処方された。お陰で眠れたが、朝定刻に目覚めると予想通り頭痛がして気分が優れなかった。彼は早朝の運動を休み、ネピア・ドーマーに1時間ばかり遅刻すると連絡を入れた。
そしてやっと気分がましになったので、朝食を摂りに食堂へ出て来たのだ。食堂は朝の混雑が終わり、閑散としていた。早朝よりも人が少なかったので、ハイネはちょっと驚いた。そして普段は中央研究所の食堂で出産管理区の女性達を観察しながら朝食を摂るアイダ博士がテーブルに1人で着いているのを見て、また驚いた。彼女は本気で引退するつもりなのだ、と彼は思った。
 実際は、アイダ博士は勤務明けで疲れていたので中央研究所の食堂へ行ったのだ。しかし彼女はそこで、今アメリカ・ドームで噂の中心になっているレイモンド・ハリス博士がいるのを見つけてしまった。もうすぐ地球に来て一月になるハリスは、既に心安く話が出来る執政官を2人見つけていた。よりにもよってアイダが日頃行儀の悪さで気に入らない執政官達だ。3人でハリスが正式に任官される日の予想を立てていた。ハリスは紫外線と染色体の研究をしている。後2月で退官するブラコフ副長官も紫外線と皮膚の老化の研究をしていたので、ハリスはブラコフの研究室をもらえないかと新しい仲間に相談までしていた。
 不愉快になったので、アイダは滅多に利用しない一般食堂で朝食を摂ることにした。妊産婦の観察は出来ないが、今の所健康に問題がある女性の報告がないので、彼女は軽い筋トレと入浴でさっぱりして、朝ご飯を食べていたのだ。
 ハイネはミルクのお粥にチーズオムレツとサラダを取って、彼女のテーブルに行った。

「おはようございます。同席許可を願います。」

 ハイネの声に、彼女が顔を上げた。あらっと彼女が声を上げた。

「おはようございます、局長。こんな時間に朝ご飯とは、珍しいですね。」
「今朝は少し気分が優れなかったので・・・」

 彼の言葉で、彼女は前日の執政官会議で彼が中座したことを思い出した。彼は彼女の引退申請にショックを受けて退出したのだが、彼女はそこに思いが及ばなかった。

「昨日から調子が良くなさそうですね。医療区に行かれましたか?」

 ハイネが青みがかった薄い灰色の目で彼女を見た。

「私は病気ではありません。」
「でも・・・」
「今朝の頭痛は医療区長が処方した睡眠薬のせいです。」
「眠れなかったのですか?」
「貴女のせいでね。」

 彼の少し意地悪な口調に、彼女は驚いて彼を見返した。

「私のせい?」

 ハイネは皿に視線を落としてオムレツを突いた。

「突然辞めると仰るから・・・」

 アイダは手を止めて、フォークを置いた。

「ごめんなさい。」

と彼女は謝った。

「この2、3年、漠然と考えていましたの。ここは私でなくてもやっていけるんだって・・・」