2018年3月22日木曜日

泥酔者 3 - 1

 ガブリエル・ブラコフは重力休暇の名目で月へ出かけた。実際重力対策で地球離脱は欠かせないのだが、今回は後任候補者の面接が主たる目的だった。執行部で人事の人々と話をしてから約束していた2名と会ったが、彼自身はピンと来なかった。1人はなんとなく彼の好みの人物ではなく、彼は「僕の好まない人物はハイネも気に入らないのでは」と思ってしまったのだ。もう1人は大雑把な性格で、ケンウッド長官と馬が合いそうにないと思われた。細やかな心遣いをする長官には、サポート出来る人を付けて苦労を軽減させてあげたいと、彼は欲張って考えてしまう。
 残りの8名からも返事があって、1人は日程が合わなくて辞退してもらったが、残りとは他の日に会うことになっている。
 ブラコフは空いた日を利用して、火星コロニーへ出かけた。新しい就職先である中央病院を訪問して、リハビリセンターの一日を見学させてもらい、少し手伝いもした。地球で副長官をしていることは内緒にしている。現在の役職で新しい仕事に影響が出るのは嬉しくないからだ。彼は一介護士として再出発したかった。
 翌日は住む場所を探した。大きなコロニーなので空き部屋はたくさんあり、職場に近く商店街にも近いアパートを見つけた。家具付きで、同じ建物の中に診療所やレストラン、コンビニも入っていた。忙しい日は助かるだろう。
 4日目は、懐かしい人に会いに、隣のコロニーに出かけた。火星コロニーは、惑星上の「生産区画」と少し地上から離れている「居住区」で構成されている。「生産区画」は食糧生産の場だ。工場形式ではあるが、土地が広いので野菜や穀類の栽培が盛んだ。家畜も飼われているし、巨大水槽で漁業も行われている。火星コロニーは宇宙連邦でも有数の食糧生産地なのだ。

 だけど、地球で生産される食糧の方が数倍美味しい・・・

 ブラコフはこれから地球産の食べ物が高価な贅沢品になるのだとちょっぴり残念に思えた。ドームの一般食堂で、中央研究所の食堂で、様々な料理がずらりと棚に並べられる、あの光景が3ヶ月後には過去のものになってしまうのだ。

 いかん、いかん、僕はテロの被害で苦しむ人々の援助をする仕事に就くと決意したんじゃないか・・・

 ブラコフは頭を振った。いつかはドームを去らねばならない。それはケンウッドも山崎も同じなのだ。早いか遅いか、それだけだ。コロニー人は地球人になれない・・・。

 地球に女性が誕生すれば、ドームそのものがなくなってしまうんだ。ドーマー達はその為に存在する地球人だ。彼等が本当の自由を手に入れる為に、女性を誕生させなければ・・・

 自分はその目標を目指すことに挫折してしまったが、師匠のケンウッドはきっとやり遂げてくれる、とブラコフは信じていた。あの人は、他の学者達と違う、何かを持っている。