「これは失礼しました。」
ハリスはIDカードを出した。ブラコフがそれを受け取り、ハリスがこれからドーム内で使用する色々なカードや書類、端末の準備をする為の作業を秘書机で始めた。予定より1ヶ月も早く来た者が生活に困らないように手続きが必要だ。
待たせているハリスにケンウッドが尋ねた。
「私達が本部から聞いていた君の予定は来月からだったのだが?」
「そうなんです!」
ハリスが何の問題もないと言う顔で返した。
「でも火星の職場を退職してしまったので、退屈でしてね。アパートも引き払ってしまったので、地球に行けば何とかなるだろうと思ったのです。」
「そうかね・・・」
これはただの楽天家なのか、それともアホウなのか? ケンウッドは判断つけかねた。
「急に来てもらってもアパートの部屋の準備が出来ていない。暫くはゲストハウスに寝泊まりしてくれるかね?」
アパートの部屋はドーマーの住居維持班に一言言えば2、3時間で用意してもらえる。しかしケンウッドは何故かこの男の前でドーマーに指図したくなかった。地球人を奴隷と勘違いされそうな気がしたのだ。ゲストハウスの部屋も同じように準備してもらえるので、そちらは既に準備出来ているように振舞って維持班に指図のメールを入れておいた。維持班総代ロビン・コスビー・ドーマーは70歳、急な客人は嫌うので、彼にも事情を簡単に説明するメールを送った。
長官と副長官が忙しく手を動かしているのを見ながら、ハリスがのんびりと喋り始めた。
「早く着いたので、ちょっと散歩させてもらいました。庭園があるのですね。森って言うんですか? それともジャングル? 兎に角木がたくさん生えている所に行きました。気持ちが良かったなぁ。」
ケンウッドはふーんと軽く聞き流していた。すると、ハリスがとんでもないことを言った。
「芝生が生えている広い所に出たら、男の人が寝転がっていたんですよ。ダークスーツを着ていて、静かだったんで、死んでいるのかと思い、近づいて見たら、髪の毛が真っ白で・・・」
ケンウッドは手を止めた。ブラコフも顔を上げてハリスを見た。
「でも顔が若いんです。とても綺麗な顔でしたよ。彼は昼寝をしていたんでしょうね。気持ち良さそうで、私は横に座って彼を暫く眺めていました。そのうちに気が付いたんです。もしや、彼はローガン・ハイネじゃないかってね。」
ケンウッドはドキッとした。ネピアの怒り顔が目に浮かんだ。眠っているローガン・ハイネ・ドーマーに他人が近づくとネピア・ドーマーは怒るのだ。熱愛するボスの休息を妨げる人間は片っ端から無礼討ちにしかねない。コロニー人だろうがドーマーだろうが、熱血秘書は容赦しない。
ハリスはケンウッドの危惧を全く感じないで喋り続けた。
「名前を呼んでみたのですが目を覚まさないので、そっと顔を近づけて頰にキスをしてやりました。」
ブラコフがフリーズしてしまった。ハイネは副長官にとって憧れの人だ。太陽だ。神様だ。その人に、この、初対面の、身なりのだらしない男が頰にキスしただとっ!
ハイネはキスされたことを知らないのだ。もし知っていたら、苦情だけでは済まない。内務捜査班が直ちに逮捕状を持って中央研究所に押しかけて来ている筈だ。
ケンウッドはブラコフが爆発する前に急いでハリスに言った。
「それは拙いぞ、地球人保護法違反だ。警察沙汰になる恐れがある。」
「え? そうなんですか?」
このハリスと言う男は1ヶ月も早く、委員会に無断で地球に来たのだ。委員会から会則を学ばされる時間も持たずに。
ケンウッドは続けた。
「地球人保護法に違反すると即刻地球から退去しなければならん。」
「それは困ります!」
ハリスが初めて慌てた。本当に行く宛がここしかないのだろう。
「では、これからゲストハウスに入って、地球人保護法を学んでもらおう。係の地球人に世話を頼んでおくが、これだけはくれぐれも心に留めておいてくれ。地球人は決して召使いではない。使用人でもない。一緒に働く仲間だ。君と対等の立場にいる。絶対に彼等の言葉を無視しないこと。彼等の忠告には必ず従うこと。そして、無闇に彼等の身体に触れないこと。手を触ることもキスもハグも駄目だ。向こうから手を差し伸べてこない限りは、コロニー人から接触してはいけない。」
するとブラコフもハリスに忠告した。
「ハイネにキスしたことは絶対に口外してはいけません。ハイネ本人にも言わないように。さもないと、貴方は今日中にここを出て行くことになります。」
ハリスは硬い表情で、「わかりました」と答えた。
ハリスはIDカードを出した。ブラコフがそれを受け取り、ハリスがこれからドーム内で使用する色々なカードや書類、端末の準備をする為の作業を秘書机で始めた。予定より1ヶ月も早く来た者が生活に困らないように手続きが必要だ。
待たせているハリスにケンウッドが尋ねた。
「私達が本部から聞いていた君の予定は来月からだったのだが?」
「そうなんです!」
ハリスが何の問題もないと言う顔で返した。
「でも火星の職場を退職してしまったので、退屈でしてね。アパートも引き払ってしまったので、地球に行けば何とかなるだろうと思ったのです。」
「そうかね・・・」
これはただの楽天家なのか、それともアホウなのか? ケンウッドは判断つけかねた。
「急に来てもらってもアパートの部屋の準備が出来ていない。暫くはゲストハウスに寝泊まりしてくれるかね?」
アパートの部屋はドーマーの住居維持班に一言言えば2、3時間で用意してもらえる。しかしケンウッドは何故かこの男の前でドーマーに指図したくなかった。地球人を奴隷と勘違いされそうな気がしたのだ。ゲストハウスの部屋も同じように準備してもらえるので、そちらは既に準備出来ているように振舞って維持班に指図のメールを入れておいた。維持班総代ロビン・コスビー・ドーマーは70歳、急な客人は嫌うので、彼にも事情を簡単に説明するメールを送った。
長官と副長官が忙しく手を動かしているのを見ながら、ハリスがのんびりと喋り始めた。
「早く着いたので、ちょっと散歩させてもらいました。庭園があるのですね。森って言うんですか? それともジャングル? 兎に角木がたくさん生えている所に行きました。気持ちが良かったなぁ。」
ケンウッドはふーんと軽く聞き流していた。すると、ハリスがとんでもないことを言った。
「芝生が生えている広い所に出たら、男の人が寝転がっていたんですよ。ダークスーツを着ていて、静かだったんで、死んでいるのかと思い、近づいて見たら、髪の毛が真っ白で・・・」
ケンウッドは手を止めた。ブラコフも顔を上げてハリスを見た。
「でも顔が若いんです。とても綺麗な顔でしたよ。彼は昼寝をしていたんでしょうね。気持ち良さそうで、私は横に座って彼を暫く眺めていました。そのうちに気が付いたんです。もしや、彼はローガン・ハイネじゃないかってね。」
ケンウッドはドキッとした。ネピアの怒り顔が目に浮かんだ。眠っているローガン・ハイネ・ドーマーに他人が近づくとネピア・ドーマーは怒るのだ。熱愛するボスの休息を妨げる人間は片っ端から無礼討ちにしかねない。コロニー人だろうがドーマーだろうが、熱血秘書は容赦しない。
ハリスはケンウッドの危惧を全く感じないで喋り続けた。
「名前を呼んでみたのですが目を覚まさないので、そっと顔を近づけて頰にキスをしてやりました。」
ブラコフがフリーズしてしまった。ハイネは副長官にとって憧れの人だ。太陽だ。神様だ。その人に、この、初対面の、身なりのだらしない男が頰にキスしただとっ!
ハイネはキスされたことを知らないのだ。もし知っていたら、苦情だけでは済まない。内務捜査班が直ちに逮捕状を持って中央研究所に押しかけて来ている筈だ。
ケンウッドはブラコフが爆発する前に急いでハリスに言った。
「それは拙いぞ、地球人保護法違反だ。警察沙汰になる恐れがある。」
「え? そうなんですか?」
このハリスと言う男は1ヶ月も早く、委員会に無断で地球に来たのだ。委員会から会則を学ばされる時間も持たずに。
ケンウッドは続けた。
「地球人保護法に違反すると即刻地球から退去しなければならん。」
「それは困ります!」
ハリスが初めて慌てた。本当に行く宛がここしかないのだろう。
「では、これからゲストハウスに入って、地球人保護法を学んでもらおう。係の地球人に世話を頼んでおくが、これだけはくれぐれも心に留めておいてくれ。地球人は決して召使いではない。使用人でもない。一緒に働く仲間だ。君と対等の立場にいる。絶対に彼等の言葉を無視しないこと。彼等の忠告には必ず従うこと。そして、無闇に彼等の身体に触れないこと。手を触ることもキスもハグも駄目だ。向こうから手を差し伸べてこない限りは、コロニー人から接触してはいけない。」
するとブラコフもハリスに忠告した。
「ハイネにキスしたことは絶対に口外してはいけません。ハイネ本人にも言わないように。さもないと、貴方は今日中にここを出て行くことになります。」
ハリスは硬い表情で、「わかりました」と答えた。