2017年8月20日日曜日

後継者 1 - 2

 養育棟はドームの中にあって別世界だ。そこでは新生児から15歳迄の少年少女が大人社会から隔離されて養育されている。彼等はひたすらドーマーと呼ばれる特殊な生活環境で生きる地球人として教育されるのだ。コロニー人には決して反抗しないが地球人としての誇りは持つこと、ドーマー達は全員家族で、血縁など絶対に意識しないこと。ドーマーの親は執政官であり、ドーマーの子は地球全体の子供であって個人の子供ではないこと。
 要するに、コロニー人がドーム行政を行うに当たって、都合の良い労働者を養育しているのだ。それがケンウッドの認識だった。子供達は誕生と同時に親から引き離され、親は代わりにクローンの女の子を与えられる。そして我が子だと信じて家族が待つ我が家へ帰って行く。残された子供達の大半は養子として外へ出されるが、執政官会議でドーマーとして採用が決まっている赤ん坊だけがドームに残され、ドーマーとして育てられる。
 ケンウッドはローガン・ハイネ・ドーマーと共に養育棟の建物に入った。IDをチェッカーにかざしてセキュリティを通り、通路を歩いて行くと、やがて賑やかな子供達の声が聞こえてきた。
 ハイネがこの3年間闘病生活をしていたので、現在新生児から3歳迄の子供はいない。現在いるのは3歳から6歳迄の幼い子供達8名だけだ。本来なら20人前後はいなければならないのだが。だからハイネは今回の会議で6名の補充を申請した。1年間に6名は多いのだが、3年のブランクがあるので仕方が無い。
 子供達は丁度砂場遊びの時間だった。室内に設けられた砂場で自由に転げ回って遊んでいた。相撲をしている子供や砂で何か山やらを作っている子供、ただ這いずり廻って砂の感触を楽しんでいる子供・・・。
 監督している養育係の執政官が副長官と遺伝子管理局長に気が付いて会釈した。幹部の見学は久し振りだ。前任者のリン長官の時代は殆ど誰も来なかった。養育棟は忘れられたのかと思われるほど、前任者は無関心だったのだ。だから、養育係は、ケンウッド副長官がニコニコしながら子供達を眺めているのを見て、心から安堵した。そしてハイネ局長が無表情なのを見て肩をすくめた。ハイネはドーマーだから、ここで育ったのだ。そしてドーマーだから、幼い者を見ても無感動だ。関心はあるのだが、幼子が可愛いとか、そんな人としての当たり前の感情がドーマー達には乏しい。女のドーマーはやはり母性本能があるのか、子供達を見ると触りたがるし、話しかけてみたり、抱いてみたりする。
 ケンウッドも隣に立っているハイネの無反応に気が付いた。ハイネは子供達が成長した時にどんな能力を発揮するか、それだけを想像しながら見ているのだ。友人のそんな様子に、ケンウッドは心の奥底で何かチクリと痛みに似た感情を覚えた。

 彼をこんな風にしか子供を見られない人間にしてしまったのは、我々執政官の責任だ。

 ケンウッドはわざと質問してみた。

「ハイネ、自分の子供時代を思い出したのかね?」

 ハイネが首を動かして彼を見た。

「半世紀以上も昔のことをですか?」

と彼が聞き返した。

「70年も前ですよ? 忘れてしまいましたよ。」
「そうかい? ダニエル・オライオンと遊んだろ?」

 言ってしまってから、ケンウッドは後悔した。オライオンは禁句にすべきだったろうか? しかし、ハイネは砂場に視線を戻し、そう言えば、と呟いた。

「砂の中が冷たくて気持ちが良かったです。ダニエルと2人で砂に潜って髪の中まで砂だらけになりました。養育係に叱られましたっけ。」

 と、彼は砂場の子供に不意に声を掛けた。

「おい、そこの坊主、砂を食うな!」

 養育係が慌てて砂を口に入れた子供の方へ走った。ケンウッドはちょっと安心した。ハイネは無感動なだけで無関心ではない。ちゃんと子供達の安全に気を配って観察していたのだ。養育係の助手のドーマー達が砂を食べるなと子供達に注意を与えるを聞きながら、2人はそこを後にした。
 次は訓練所だ。