2017年8月14日月曜日

侵略者 10 - 9

 遺伝子管理局の局員は内勤の日の事務仕事を午後3時迄に終えるのが慣習だ。そして夕食迄の時間はジムやプール、運動場等で体力維持の鍛錬に費やす。ドーム維持班の各班も同じ様に体力維持が職務の一つになっているが、混雑を避けるためにそれぞれ時間をずらしている。ハイネ局長はそうした若いドーマー達の邪魔をしないように早朝や深夜に運動するので、午後も局長室で仕事をしていた。2人いる秘書のうち若い方のセルシウス・ドーマーは3時で上がってジムに出かけたが、年嵩のペルラ・ドーマーはまだ仕事中だった。彼はリプリーの秘書からリプリーとケンウッドが局長室に「ご挨拶に伺いたい」と言う、局長の空き時間の打診をもらった時、大きく咳払いして、奥で局長と騒いでいた女性達を黙らせた。

「局長、リプリー博士とケンウッド博士が『ご挨拶』に来られるそうです。」
「ご挨拶?」

とオウム返しに応えたのは、局長ではなく女性の方だ。局長の執務机の周囲には5人の女性執政官が座っていた。ハイネは新生児誕生予定表を眺めていたので、顔を上げて秘書を見た。

「リプリーとケンウッドが?」
「そうです。」
「どちらが長官だ?」

 ハイネには「ご挨拶」の意味がわかっていた。月の本部が辞令を出したに違いない。ペルラ・ドーマーが真面目な表情で答えた。

「ロッシーニ・ドーマーからの電話ですから、リプリー博士でしょう。」
「そうか・・・」

 ハイネは一瞬がっかりした表情をした。ペルラ・ドーマーとキーラ・セドウィック博士はそれを見逃さなかったが、黙っていた。ハイネは時計を見て、1時間後に来てもらえ、と言った。ペルラ・ドーマーがそれを告げると、こちらが待たせた時間の長さで、局長室の失望を感じ取ったのだろう、ロッシーニ・ドーマーが丁寧に「よろしくお願いいたします。」と言って電話を切った。

「リプリーではご不満?」

とキーラ博士が尋ねた。女性達が興味津々で見つめるので、ハイネはぶっきらぼうに応えた。

「あの男はケンウッドより堅物だから。」
「でも行動は読めるわよ。」
「そうだが・・・」
「会議にもちゃんと呼んでくれるわ。」
「わかっているが・・・」
「そんなに長く長官室には座っていないわ。あの人は研究者としてここに来たのですもの。」
「ケンウッドも研究者だ。」
「気合いの度合いが違うの。リプリー博士はやり始めたら邪魔が入るのを嫌う人よ。今はドームの改革に熱中している。改革が終われば自分の研究をやりたくなるわ。長官の椅子に固執しない。きっと辞表を出して月へ帰る。」
「彼は木星コロニーの出身だ。」
「どこでもいいじゃない。」

 彼女は部下の女性執政官がハイネに提出した書類に目を向けた。

「それより、早く取り替え子の中からドーマーに採用する赤ちゃんを決めて頂戴。」
「今年は6人ですよ、局長。」
「人種の偏りがないようにお願いしますわ。」
「居住地もね。」
「親の階層も考慮なさって。」

 ハイネは顔をしかめた。

「私が何年この仕事をしていると思っているのだ?」
「書類上は8年、でもブランクが3年。」

 女性達の攻撃にたじたじのボスを横目で見ながら、ペルラ・ドーマーはドームの外で結婚している元ドーマー達は毎日こんなやりとりを奥さんとしているのだろうか、と思った。