「まぁ、お掛けなさい、副長官。」
マーカス・ドーマーが声を掛けてくれたが、ケンウッドは自身のことだと気づくのに数秒かかった。セルシウス・ドーマーとワッツ・ドーマーが彼と秘書の為に椅子を出してくれた。ケンウッド達は礼を言って腰を下ろした。
「貴方とお会いするのは初めてでしたね。」
ドーマーには「上から目線」で話しかけると言うルールが、この恐ろしく歳を取ったドーマーには適用されにくい。15代目遺伝子管理局長だった男が微笑んだ。
「私は30年局長を務めました。お陰でローガン・ハイネを随分待たせてしまいましたがね。貴方はこちら来られて何年目ですか?」
「6年目です。」
「新長官は9年目でしたね。お2人共重力障害は大丈夫ですか?」
「私は筋トレをしています。長官もそんなに苦にはされていない様ですが、あまり個人的な話をなさらない方なので・・・」
セルシウス・ドーマーがお茶を運んで来た。マーカス・ドーマーは少しだけお茶に口を付けただけで、そばの局長執務机の上にカップを置いた。
「新長官はあまり長くおられないでしょうな。」
と彼は呟いた。
「あの人は望まない地位に戸惑っておられる。」
「その様ですが、今必要とされている人ですから・・・」
「では、あの人がやらねばならないことを、こちらも手伝って差し上げねば・・・」
マーカス・ドーマーに視線を送られて、ワッツ・ドーマーが「了解しました」と呟いた。ドーム行政改革に協力してさっさとリプリーに辞めてもらおうと言う意味なのか? ケンウッドはドキリとした。コロニー人はドームを統治していると思っているが、実際はドーマー達、地球人が動かしているのだ。その証拠に、マーカス・ドーマーは新長官の耳には入れたくないことをずばりと言った。
「ローガン・ハイネは、貴方が長官になることを望んでいます。」
「えっ?」
「彼は貴方が地球を愛していると信じています。ですから、貴方には地球人を救う機会を与えたいと思っているのです。」
「私が地球人を救う?」
「貴方が女の子誕生の鍵を見つけてくれると期待しているのです。」
「それは・・・」
それは執政官全員の夢であり願望であり目標だ。ケンウッドは言った。
「長官になろうと、ただの執政官であろうと、私が目指すところは一つだけ、女子が生まれない原因を突き止めることです。」
ドーマー達が頷いた。ケンウッドの秘書はコロニー人だ。彼は博士の後ろで小さくなって座っていた。周囲に居るドーマー達は老人も含めて体格が大きく強そうに見えた。皺だらけのマーカス・ドーマーでさえ目つきが鋭い。秘書はちょっと恐かったのだ。ワッツ・ドーマーと目が合った時、彼はワッツが老人の言葉を他言するなと言った様な気がした。
コロニー人達の緊張を感じ取ったのだろう、マーカス・ドーマーが不意に表情を和らげて微笑した。
「まぁ、一番の理由は、ローガン・ハイネが貴方を好いていると言うことですよ。」
「えっ?」
「彼がコロニー人を好きになるなんて、滅多にないことです。」
とワッツ・ドーマーも笑って言った。
「勿論。恋愛ではなくて友達として。」
「・・・でしょうね。」
ケンウッドは何気なく言った。
「局長には女性の恋人がちゃんといるのだし・・・」
一瞬、室内に沈黙が訪れた。
え? 何か拙いことを言ったか?
ケンウッドはうろたえた。 ワッツ・ドーマーがセルシウス・ドーマーを呼んだ。
「ケンウッド博士の秘書氏をサロンにご案内しろ。あちらの方がリラックスしていただけるだろう?」
「そうですね。」
セルシウス・ドーマーはケンウッドの秘書に「こちらへどうぞ」と声を掛け、ワッツ・ドーマーと2人で半ば強引に局長室の外へ連れ出してしまった。
ケンウッドは老いた15代目遺伝子管理局長だった男と2人きりになった。どうなっているのだ? 彼は不安気にマーカス・ドーマーを見た。老ドーマーが言った。
「彼女はローガン・ハイネの恋人ではありません。」
「そうですか? 仲が良いので、私はてっきり・・・」
「仲が良い? 彼女はまたここに来ているのですか?」
「またって・・・彼女は出産管理区で働いていますよ。確か30年間・・・」
「30年間? 彼女は5年しか居なかったはずだが・・・?」
「いや、30年間勤務しています。貴方が現役の頃にも居たでしょう?」
マーカス・ドーマーはじっとケンウッドの目を見つめ、突然笑い出した。ケンウッドはぽかんとして彼を見つめた。からかわれたのか?
しかし、老人はこう言った。
「貴方はキーラ・セドウィックのことを仰っているのですな?」
「え? 違うのですか?」
「勿論、キーラはローガン・ハイネの恋人などではありません。」
「そうですか・・・では、貴方方は一体私が誰のことを言っているのだと思われたのです?」
とんだやぶ蛇だった、とマーカス・ドーマーが呟いた。
「半世紀以上前に、執政官達がしでかした過ちのことです。」
マーカス・ドーマーが声を掛けてくれたが、ケンウッドは自身のことだと気づくのに数秒かかった。セルシウス・ドーマーとワッツ・ドーマーが彼と秘書の為に椅子を出してくれた。ケンウッド達は礼を言って腰を下ろした。
「貴方とお会いするのは初めてでしたね。」
ドーマーには「上から目線」で話しかけると言うルールが、この恐ろしく歳を取ったドーマーには適用されにくい。15代目遺伝子管理局長だった男が微笑んだ。
「私は30年局長を務めました。お陰でローガン・ハイネを随分待たせてしまいましたがね。貴方はこちら来られて何年目ですか?」
「6年目です。」
「新長官は9年目でしたね。お2人共重力障害は大丈夫ですか?」
「私は筋トレをしています。長官もそんなに苦にはされていない様ですが、あまり個人的な話をなさらない方なので・・・」
セルシウス・ドーマーがお茶を運んで来た。マーカス・ドーマーは少しだけお茶に口を付けただけで、そばの局長執務机の上にカップを置いた。
「新長官はあまり長くおられないでしょうな。」
と彼は呟いた。
「あの人は望まない地位に戸惑っておられる。」
「その様ですが、今必要とされている人ですから・・・」
「では、あの人がやらねばならないことを、こちらも手伝って差し上げねば・・・」
マーカス・ドーマーに視線を送られて、ワッツ・ドーマーが「了解しました」と呟いた。ドーム行政改革に協力してさっさとリプリーに辞めてもらおうと言う意味なのか? ケンウッドはドキリとした。コロニー人はドームを統治していると思っているが、実際はドーマー達、地球人が動かしているのだ。その証拠に、マーカス・ドーマーは新長官の耳には入れたくないことをずばりと言った。
「ローガン・ハイネは、貴方が長官になることを望んでいます。」
「えっ?」
「彼は貴方が地球を愛していると信じています。ですから、貴方には地球人を救う機会を与えたいと思っているのです。」
「私が地球人を救う?」
「貴方が女の子誕生の鍵を見つけてくれると期待しているのです。」
「それは・・・」
それは執政官全員の夢であり願望であり目標だ。ケンウッドは言った。
「長官になろうと、ただの執政官であろうと、私が目指すところは一つだけ、女子が生まれない原因を突き止めることです。」
ドーマー達が頷いた。ケンウッドの秘書はコロニー人だ。彼は博士の後ろで小さくなって座っていた。周囲に居るドーマー達は老人も含めて体格が大きく強そうに見えた。皺だらけのマーカス・ドーマーでさえ目つきが鋭い。秘書はちょっと恐かったのだ。ワッツ・ドーマーと目が合った時、彼はワッツが老人の言葉を他言するなと言った様な気がした。
コロニー人達の緊張を感じ取ったのだろう、マーカス・ドーマーが不意に表情を和らげて微笑した。
「まぁ、一番の理由は、ローガン・ハイネが貴方を好いていると言うことですよ。」
「えっ?」
「彼がコロニー人を好きになるなんて、滅多にないことです。」
とワッツ・ドーマーも笑って言った。
「勿論。恋愛ではなくて友達として。」
「・・・でしょうね。」
ケンウッドは何気なく言った。
「局長には女性の恋人がちゃんといるのだし・・・」
一瞬、室内に沈黙が訪れた。
え? 何か拙いことを言ったか?
ケンウッドはうろたえた。 ワッツ・ドーマーがセルシウス・ドーマーを呼んだ。
「ケンウッド博士の秘書氏をサロンにご案内しろ。あちらの方がリラックスしていただけるだろう?」
「そうですね。」
セルシウス・ドーマーはケンウッドの秘書に「こちらへどうぞ」と声を掛け、ワッツ・ドーマーと2人で半ば強引に局長室の外へ連れ出してしまった。
ケンウッドは老いた15代目遺伝子管理局長だった男と2人きりになった。どうなっているのだ? 彼は不安気にマーカス・ドーマーを見た。老ドーマーが言った。
「彼女はローガン・ハイネの恋人ではありません。」
「そうですか? 仲が良いので、私はてっきり・・・」
「仲が良い? 彼女はまたここに来ているのですか?」
「またって・・・彼女は出産管理区で働いていますよ。確か30年間・・・」
「30年間? 彼女は5年しか居なかったはずだが・・・?」
「いや、30年間勤務しています。貴方が現役の頃にも居たでしょう?」
マーカス・ドーマーはじっとケンウッドの目を見つめ、突然笑い出した。ケンウッドはぽかんとして彼を見つめた。からかわれたのか?
しかし、老人はこう言った。
「貴方はキーラ・セドウィックのことを仰っているのですな?」
「え? 違うのですか?」
「勿論、キーラはローガン・ハイネの恋人などではありません。」
「そうですか・・・では、貴方方は一体私が誰のことを言っているのだと思われたのです?」
とんだやぶ蛇だった、とマーカス・ドーマーが呟いた。
「半世紀以上前に、執政官達がしでかした過ちのことです。」