ハイネとリプリーが連れ立って去って行ったので、ケンウッドは検査室に入った。ジャック・エイデン・ドーマーがベッドの縁に腰掛けて泣いていた。ケンウッドがドアを閉める音で彼は顔を上げた。
「博士・・・すみませんでした。」
いきなり謝られても理由がわからない。ケンウッドは優しく尋ねた。
「どうしたんだね? 気分でも悪いのか?」
「そうじゃありません・・・僕は博士にご迷惑をおかけするところでした。」
「迷惑?」
「遺伝子管理局長に叱られました。」
ケンウッドは全く話が読めない。ハイネは副長官の部屋に行ってしまったし、エイデン・ドーマーはケンウッドが全てを承知していると思い込んで喋っている。
「エイデン・ドーマー、私には・・・」
「局長の命令に従って医療区へ行ってきます。博士の忠告も頂いているので、検査も受けます。」
彼はベッドから降り、ケンウッドに頭を下げて部屋を出て行った。ケンウッドは何がどうなっているのか、さっぱり理解出来ないので、ハイネの端末に電話を掛けた。ハイネは直ぐに出てくれた。
「ハイネ、エイデンが医療区へ行ってしまった。一体、何がどうなっているのか、説明してくれないか?」
「では、すぐに副長官室へ来て下さい。」
それだけ言うとハイネの方から電話を切った。
リプリー副長官の部屋は通路を歩いて右折して検査室から5分も歩かねばならなかった。つまり、副長官も部屋に戻るのに時間がかかった訳で、ケンウッドが訪問した時はまだハイネはリプリーに部屋へ押しかけた理由を語っていなかった。
副長官室は会議用スペースが小さいだけで、長官室や遺伝子管理局長室と似た造りだった。入り口を入ってすぐの秘書スペースにジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーが居て、せっせと事務仕事をしていた。中央研究所の建物の反対側の長官室に書類を取りに出かけた副長官が遺伝子管理局長と共に戻って来たので、お茶が必要かと考えているところに、ケンウッド博士もやって来たので、ちょっと戸惑った。
ハイネ局長がリプリーとケンウッドに座って下さいと言った。誰が部屋の主かわからない。ロッシーニは取り敢えず3人分のお茶の用意を始めた。副長官は苦みの強いお茶が好きだが、局長はミルク入りでなければ飲まない。ケンウッドは何が好みだろう。
ハイネはお茶の用意を待たずに話を始めた。
「ドーマーに中毒性のある薬物を混ぜた食物や飲み物を与えて従属させる者が、ドーム内にいます。」
ケンウッドはリプリーを見た。リプリーも彼を見返した。お互いハイネが言った言葉の意味を俄には信じられなかった。リプリーがハイネに向き直った。
「しかし、ドーム内に麻薬を持ち込むなど不可能だ。」
「薬物はドーム内で製造出来ます。」
ハイネが数種類の薬品の名を挙げた。
「これらをレシピ通りに調合すれば中毒性の薬物が出来ます。それを飲み物に入れて飲ませるのです。飲んだ人間は暫く快楽的な夢に浸ります。それを何度か繰り返させ、常習性の中毒者になったところで、命令を与えます。仕事をすればご褒美にまた薬をもらえる、と言い聞かせて。」
彼の顔を見つめていたケンウッドは、ハッと気が付いた。
「ジャック・エイデン・ドーマーは薬物中毒者なのか?」
「中毒するまでは冒されていませんが、ご褒美がもらえるなら、ささいな悪戯はやってやろうと言う程度です。」
「ささいな悪戯?」
「診察を申し込み、執政官に手袋を外させて触診させ、後で無断で素手で肌に触れたと訴える・・・」
「まさか・・・」
ケンウッドはエイデンの涙を思い出した。あれはケンウッドを罠に陥れようとした後悔の涙なのか?
リプリーは別のことが気になった。
「そんな卑劣なことを考えたヤツは誰だ?」
ハイネはエイデンから聞き出した執政官3名の名前を挙げた。リプリーは端末にそれを記録した。
「確かに、彼等は薬品に詳しい。他にも薬を与えられたドーマーはいるのかね、局長?」
「私が耳にしていないので、中毒症状に陥った者はいない様です。恐らく薬物の効力が薄いか、実験段階なのかも知れません。」
「貴方が挙げた名はリン元長官の一味に入って居る。もしかすると、ドーマー達と薬物遊びをするつもりで製造したのかも知れないな・・・許せない暴挙だ。」
「薬物を与えられたドーマーの調査は遺伝子管理局で行います。副長官は執政官の方をお願いします。」
「わかった!」
ケンウッドは2人を見比べ、「私は?」と尋ねた。リプリーは何となく彼が部屋に呼ばれた理由がわかったので、ハイネに肩をすくめて見せた。ハイネがケンウッドに言った。
「もう少し用心深くなって下さい。」
そこへロッシーニ・ドーマーがお茶を運んで来て3人に配った。
「副長官は濃いめに淹れました。局長はミルク入り。ケンウッド博士はご自分で味を調整なさって下さい、ミルクと砂糖はあちらにありますから。あ、薬物は入っておりません。ご安心を・・・」
「博士・・・すみませんでした。」
いきなり謝られても理由がわからない。ケンウッドは優しく尋ねた。
「どうしたんだね? 気分でも悪いのか?」
「そうじゃありません・・・僕は博士にご迷惑をおかけするところでした。」
「迷惑?」
「遺伝子管理局長に叱られました。」
ケンウッドは全く話が読めない。ハイネは副長官の部屋に行ってしまったし、エイデン・ドーマーはケンウッドが全てを承知していると思い込んで喋っている。
「エイデン・ドーマー、私には・・・」
「局長の命令に従って医療区へ行ってきます。博士の忠告も頂いているので、検査も受けます。」
彼はベッドから降り、ケンウッドに頭を下げて部屋を出て行った。ケンウッドは何がどうなっているのか、さっぱり理解出来ないので、ハイネの端末に電話を掛けた。ハイネは直ぐに出てくれた。
「ハイネ、エイデンが医療区へ行ってしまった。一体、何がどうなっているのか、説明してくれないか?」
「では、すぐに副長官室へ来て下さい。」
それだけ言うとハイネの方から電話を切った。
リプリー副長官の部屋は通路を歩いて右折して検査室から5分も歩かねばならなかった。つまり、副長官も部屋に戻るのに時間がかかった訳で、ケンウッドが訪問した時はまだハイネはリプリーに部屋へ押しかけた理由を語っていなかった。
副長官室は会議用スペースが小さいだけで、長官室や遺伝子管理局長室と似た造りだった。入り口を入ってすぐの秘書スペースにジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーが居て、せっせと事務仕事をしていた。中央研究所の建物の反対側の長官室に書類を取りに出かけた副長官が遺伝子管理局長と共に戻って来たので、お茶が必要かと考えているところに、ケンウッド博士もやって来たので、ちょっと戸惑った。
ハイネ局長がリプリーとケンウッドに座って下さいと言った。誰が部屋の主かわからない。ロッシーニは取り敢えず3人分のお茶の用意を始めた。副長官は苦みの強いお茶が好きだが、局長はミルク入りでなければ飲まない。ケンウッドは何が好みだろう。
ハイネはお茶の用意を待たずに話を始めた。
「ドーマーに中毒性のある薬物を混ぜた食物や飲み物を与えて従属させる者が、ドーム内にいます。」
ケンウッドはリプリーを見た。リプリーも彼を見返した。お互いハイネが言った言葉の意味を俄には信じられなかった。リプリーがハイネに向き直った。
「しかし、ドーム内に麻薬を持ち込むなど不可能だ。」
「薬物はドーム内で製造出来ます。」
ハイネが数種類の薬品の名を挙げた。
「これらをレシピ通りに調合すれば中毒性の薬物が出来ます。それを飲み物に入れて飲ませるのです。飲んだ人間は暫く快楽的な夢に浸ります。それを何度か繰り返させ、常習性の中毒者になったところで、命令を与えます。仕事をすればご褒美にまた薬をもらえる、と言い聞かせて。」
彼の顔を見つめていたケンウッドは、ハッと気が付いた。
「ジャック・エイデン・ドーマーは薬物中毒者なのか?」
「中毒するまでは冒されていませんが、ご褒美がもらえるなら、ささいな悪戯はやってやろうと言う程度です。」
「ささいな悪戯?」
「診察を申し込み、執政官に手袋を外させて触診させ、後で無断で素手で肌に触れたと訴える・・・」
「まさか・・・」
ケンウッドはエイデンの涙を思い出した。あれはケンウッドを罠に陥れようとした後悔の涙なのか?
リプリーは別のことが気になった。
「そんな卑劣なことを考えたヤツは誰だ?」
ハイネはエイデンから聞き出した執政官3名の名前を挙げた。リプリーは端末にそれを記録した。
「確かに、彼等は薬品に詳しい。他にも薬を与えられたドーマーはいるのかね、局長?」
「私が耳にしていないので、中毒症状に陥った者はいない様です。恐らく薬物の効力が薄いか、実験段階なのかも知れません。」
「貴方が挙げた名はリン元長官の一味に入って居る。もしかすると、ドーマー達と薬物遊びをするつもりで製造したのかも知れないな・・・許せない暴挙だ。」
「薬物を与えられたドーマーの調査は遺伝子管理局で行います。副長官は執政官の方をお願いします。」
「わかった!」
ケンウッドは2人を見比べ、「私は?」と尋ねた。リプリーは何となく彼が部屋に呼ばれた理由がわかったので、ハイネに肩をすくめて見せた。ハイネがケンウッドに言った。
「もう少し用心深くなって下さい。」
そこへロッシーニ・ドーマーがお茶を運んで来て3人に配った。
「副長官は濃いめに淹れました。局長はミルク入り。ケンウッド博士はご自分で味を調整なさって下さい、ミルクと砂糖はあちらにありますから。あ、薬物は入っておりません。ご安心を・・・」