2017年8月17日木曜日

侵略者 11 - 2

 ローガン・ハイネ・ドーマーの部屋は、コロニー人・ドーマー共通の妻帯者用アパートにあった。それも最上階の角部屋、一番上等の部屋だ。彼を育てた執政官達は、彼に最上級の部屋を与えたのだ。その証拠に、ハイネの部屋は本当に半世紀以上たった古い家屋の雰囲気を持っていた。部屋の数や配置は他の妻帯者用と変わらないが、寝室もリビングも少し広い。造り付けの家具もリフォームされた形跡が全くなくてアンティークなデザインのままだ。アパート自体はドームが建設された200年前から存在するが、インテリアは住人が替われば改装されるのが常で、古いインテリアは住人が交替していない証拠だった。
 ケンウッドは同僚の部屋に訪問したことが何回かあるが、殆どの執政官が仮住まいらしい質素な生活をしており、趣味の品物と研究資料しか部屋に置いていない。もっとも彼はドーマー用のアパートに入ったことがないので、ドーマー達がどんな私生活をしているのか知らない。部屋の造りはコロニー人もドーマーも同じはずだが。
 ハイネの部屋の装飾は、酒瓶だった。地球内外の綺麗なデザインの酒の容器が棚に並べられていた。狭いキッチンの食器棚もほとんど酒瓶だ。中身が入っているものがあれば、完全な未開封品もあった。酒瓶が載っていない棚はグラスが占拠していた。
 ケンウッドが見とれている間にハイネは寝室に入ってスーツから部屋着に着替えた。ケンウッドも上着を脱いでタイを外し、ポケットに入れた。楽な姿になった時に、ヘンリー・パーシバルとヤマザキ・ケンタロウがやって来た。室内に入るなり、2人は酒瓶コレクションを見て思わず歓声を上げた。

「ドームのバーに負けていないぞ、これは!」
「ハイネ、まさか毎晩飲んだくれてるんじゃないだろうな?」
「飲むのは次の日に大事な会議が入っていない夜だけですよ。」
「それじゃ、ほぼ毎晩だ。」
「違いますって!」

 寝室でハイネが怒鳴った。パーシバルはケンウッドを見てニヤリと笑い、手土産の箱を掲げて振って見せた。

「素直に白状しないと、ポン・デ・ケイジョをやらないぞ。」

 次の瞬間、電光石火の早業でハイネが寝室から跳びだして来てパーシバルを抱きしめた。

「本当に飲んでませんって、信じて下さい、愛しいヘンリー!」
「君が愛おしく思っているのはポン・デ・ケイジョだろ!」

 ケンウッドとヤマザキは腹を抱えて笑った。
 パーシバルを放したハイネが棚の説明をした。寝室に近い棚に蒸留酒、キッチンの棚は醸造酒、テレビのそばの棚は混成酒で、各上段が地球産、下段がコロニー産、それぞれ10種ずつ冷蔵庫で冷やしてあり、氷は充分用意してあること・・・。

「お好きなものをお好きなだけどうぞ。つまみは食品庫からご自由に出して召し上がって下さい。」
「待て待て、まずはケンさんが副長官に就任した祝いだ。」

 ヤマザキがワインの壜を冷蔵庫から出して、4つのグラスに注いだ。それで
4人でケンウッドの副長官就任と健康を祝福して乾杯した。
 次にまたヤマザキがグラスを満たし、ハイネの全快祝いだと言って乾杯した。

「忙しくて今まで祝えなかったからね。」
「それじゃ、次は僕だ。ポール・レイン・ドーマーがリンから開放されたお祝いだ。」

 それから4人はダリル・セイヤーズ・ドーマーが逃げたきり見つからないことに自棄酒だ、と乾杯し、その日出産管理区で赤ん坊が18人生まれたことを祝福して乾杯し、もうすぐ日付が変わると言って乾杯し・・・
 ケンウッドが喉の渇きで目が覚めた時、午前3時前だった。1,2時間しか眠っていないが、彼はいつの間にか入り込んでいた小寝室から出て、水を飲んで室内を見廻すと、ソファの上でヤマザキが寝込んでいた。主寝室のドアが開放されたままで、2つあるベッドの片方だけに何故かハイネとパーシバルが仲良く寝ていた。と言っても、パーシバルは壁にもたれかかって鼾をかいており、ハイネは彼の膝に頭を預けていた。

 確かに、ヘンリーはハイネをチーズで手懐けている。あの馴れ馴れしさは行政を担う者同士には不適切だな。

 ポン・デ・ケイジョの箱を覗くとまだパンが残っていたので、1個口に入れた。弾力のあるパンを噛んでいると頭が冴えてきた。もう少し寝たかったので、1個だけで止めて、また小寝室のベッドに戻った。

 ここで酒を飲んでしまったら、もう没収は出来ないなぁ・・・

そんなことをぼんやり思い、再び彼は眠りに落ちた。