翌朝、ケンウッドは早起きしてジョギングに出かけた。昨日はドーマーの脱走騒ぎや緊急会議で運動をさぼってしまったので、いつもの体調に戻す必要があった。
陸上競技場のトラックに入ると、前方をとぼとぼ歩いている男がいた。近づくと医師のヤマザキ・ケンタロウだった。肩で息をしながら運動着姿でコースを歩いているのだ。
ケンウッドがおはようと声を掛けると、彼は疲れた声で返事をした。
「朝っぱらからなにくたびれているんだ?」
「くたびれている訳じゃない。」
ヤマザキが言い訳した。
「ハイネが退院翌日に運動すると言うので、ぶっ倒れないか心配になって、一緒に走ったんだ。」
「馬鹿じゃないか?」
とケンウッドは思わずそう言ってしまった。
「この重力のある星で地球人と一緒に走るなんて・・・」
「重力を忘れていた訳じゃない。相手が爺さんだと思って油断したんだ。」
「ハイネを爺さんだと思うのは君だけだ。」
ケンウッドは運動場を見廻した。ハイネの姿はどこにもなかった。ヤマザキは置き去りにされたのだ。
「もう少しすれば若いドーマー達が走り出す。彼等が来る前にジムのシャワーを使おう。」
ケンウッドはヤマザキに合わせて速度を落とし、2人は並んで走った。
「ケンさん、君は重力が苦にならないのか?」
「苦にならないと言えば嘘になるが、筋力トレーニングを毎日欠かさず行っているから、怠けている人よりはましだね。」
「言ってくれるね。」
ヤマザキはなんとか呼吸を整えて走るリズムを取り戻した。
「僕も筋トレを始めないと・・・体力が続く限りここに居たいんだ。」
ケンウッドはチラリと彼を見た。地球人に魅せられた人間がここにも1人・・・。
ジムの更衣室にもハイネはいなかった。とっくにシャワーと着替えを済ませて朝食を摂りに行ってしまったのだ。既に病気になる以前の生活を始めている。嬉しいことだが、3年間つかず離れず世話をしてきたコロニー人達はちょっと寂しかった。
1時間後、一般食堂で朝食を摂っていると、入り口でどよめきが上がった。見ると、見慣れぬドーマーが居た。遺伝子管理局のスーツを着用しているが、頭部は髪の毛がなく青々とした坊主頭だ。じっと見て、それがポール・レイン・ドーマーだとわかった時は仰天した。
ヤマザキも少し遅れて気が付いた。
「確か、遺伝子管理局の『美人』だよな?」
「うん、ポール・レイン・ドーマーだ。あの頭はどうしたんだ?」
ドーマー達もびっくりしている。一体どうしたのか、とレインに尋ねているが、レインは無視だ。緑色に輝いていた黒髪を綺麗に剃髪してしまった。それが却って妖艶な雰囲気を醸し出している。彼は食事のトレーを持って所属チームが集まっているテーブルへ行った。彼の先輩達も驚いて彼を見ていた。
ヘンリー・パーシバル博士が現れた。彼はチラリとレインの方を見たが、驚いた様子はなく、ケンウッドとヤマザキを見つけると手を振って、急いで料理をトレーに載せて支払いカウンターへ行った。それで彼はレインの剃髪の経緯を知っているのだな、とケンウッドは見当が付いた。
果たして、テーブルに着くなり、パーシバルは言った。
「昨晩、ポールとリンの送還を見送りに行ったんだ。」
「レインはあの頭で?」
「うん。僕も待ち合わせ場所に彼が現れた時は、腰を抜かしたさ。ポールはリンが彼の葉緑体毛髪を愛していたことを知っていたから、剃髪して見せに行ったのさ。もう2度とあんたの物にならない、と言いにね。リンに伝わったかどうかは、知らない。あの男はポールを見つめて何か言いたそうだったが、ポールが背を向けたので黙ったままシャトルに乗り込んだ。」
「レインはやっと自由になったのか。皮肉だな、セイヤーズは彼が自由になることを望んでいたが、彼自身が脱走することでレインはリンと決別出来たんだ。」
遺伝子管理局の局員達は所属班毎に毎朝朝食会を開き、その日の業務打ち合わせをする。通常は支局巡りとメーカー摘発の打ち合わせだ。だが今朝はセイヤーズ捜索も業務に入っているのだ。
「セイヤーズは捕まったらどうなるんだ? 再教育か?」
「よくわからないが、恐らくそんなところだろう。」
「誰が再教育するんだ?」
「それは執政官だろう。遺伝子管理局の仕事じゃない。彼等はセイヤーズを捜索して捕縛するだけだ。」
「セイヤーズが自発的に帰って来てくれれば良いのだがなぁ・・・」
陸上競技場のトラックに入ると、前方をとぼとぼ歩いている男がいた。近づくと医師のヤマザキ・ケンタロウだった。肩で息をしながら運動着姿でコースを歩いているのだ。
ケンウッドがおはようと声を掛けると、彼は疲れた声で返事をした。
「朝っぱらからなにくたびれているんだ?」
「くたびれている訳じゃない。」
ヤマザキが言い訳した。
「ハイネが退院翌日に運動すると言うので、ぶっ倒れないか心配になって、一緒に走ったんだ。」
「馬鹿じゃないか?」
とケンウッドは思わずそう言ってしまった。
「この重力のある星で地球人と一緒に走るなんて・・・」
「重力を忘れていた訳じゃない。相手が爺さんだと思って油断したんだ。」
「ハイネを爺さんだと思うのは君だけだ。」
ケンウッドは運動場を見廻した。ハイネの姿はどこにもなかった。ヤマザキは置き去りにされたのだ。
「もう少しすれば若いドーマー達が走り出す。彼等が来る前にジムのシャワーを使おう。」
ケンウッドはヤマザキに合わせて速度を落とし、2人は並んで走った。
「ケンさん、君は重力が苦にならないのか?」
「苦にならないと言えば嘘になるが、筋力トレーニングを毎日欠かさず行っているから、怠けている人よりはましだね。」
「言ってくれるね。」
ヤマザキはなんとか呼吸を整えて走るリズムを取り戻した。
「僕も筋トレを始めないと・・・体力が続く限りここに居たいんだ。」
ケンウッドはチラリと彼を見た。地球人に魅せられた人間がここにも1人・・・。
ジムの更衣室にもハイネはいなかった。とっくにシャワーと着替えを済ませて朝食を摂りに行ってしまったのだ。既に病気になる以前の生活を始めている。嬉しいことだが、3年間つかず離れず世話をしてきたコロニー人達はちょっと寂しかった。
1時間後、一般食堂で朝食を摂っていると、入り口でどよめきが上がった。見ると、見慣れぬドーマーが居た。遺伝子管理局のスーツを着用しているが、頭部は髪の毛がなく青々とした坊主頭だ。じっと見て、それがポール・レイン・ドーマーだとわかった時は仰天した。
ヤマザキも少し遅れて気が付いた。
「確か、遺伝子管理局の『美人』だよな?」
「うん、ポール・レイン・ドーマーだ。あの頭はどうしたんだ?」
ドーマー達もびっくりしている。一体どうしたのか、とレインに尋ねているが、レインは無視だ。緑色に輝いていた黒髪を綺麗に剃髪してしまった。それが却って妖艶な雰囲気を醸し出している。彼は食事のトレーを持って所属チームが集まっているテーブルへ行った。彼の先輩達も驚いて彼を見ていた。
ヘンリー・パーシバル博士が現れた。彼はチラリとレインの方を見たが、驚いた様子はなく、ケンウッドとヤマザキを見つけると手を振って、急いで料理をトレーに載せて支払いカウンターへ行った。それで彼はレインの剃髪の経緯を知っているのだな、とケンウッドは見当が付いた。
果たして、テーブルに着くなり、パーシバルは言った。
「昨晩、ポールとリンの送還を見送りに行ったんだ。」
「レインはあの頭で?」
「うん。僕も待ち合わせ場所に彼が現れた時は、腰を抜かしたさ。ポールはリンが彼の葉緑体毛髪を愛していたことを知っていたから、剃髪して見せに行ったのさ。もう2度とあんたの物にならない、と言いにね。リンに伝わったかどうかは、知らない。あの男はポールを見つめて何か言いたそうだったが、ポールが背を向けたので黙ったままシャトルに乗り込んだ。」
「レインはやっと自由になったのか。皮肉だな、セイヤーズは彼が自由になることを望んでいたが、彼自身が脱走することでレインはリンと決別出来たんだ。」
遺伝子管理局の局員達は所属班毎に毎朝朝食会を開き、その日の業務打ち合わせをする。通常は支局巡りとメーカー摘発の打ち合わせだ。だが今朝はセイヤーズ捜索も業務に入っているのだ。
「セイヤーズは捕まったらどうなるんだ? 再教育か?」
「よくわからないが、恐らくそんなところだろう。」
「誰が再教育するんだ?」
「それは執政官だろう。遺伝子管理局の仕事じゃない。彼等はセイヤーズを捜索して捕縛するだけだ。」
「セイヤーズが自発的に帰って来てくれれば良いのだがなぁ・・・」