訓練所は16歳から20歳前後の若いドーマー達が職業訓練を受ける場所だ。彼等は10歳の頃に大方が将来の職業を決められてしまうので、その進路に合わせて勉強する。勿論、訓練所で異なる適性が発露されて進路転換することも可能だ。つまり、ドーマーにとっては訓練所時代が一生を決める大切な時間と言うことになる。
生まれながらに遺伝子管理局長になると決められていたローガン・ハイネ・ドーマーにとっては唯の「高校時代」みたいなものだろう、とケンウッドは思った。彼はここで仕事のやり方を学んだが、他の子供達とは全く別のことを教わったはずだ。つまり、「いかにして部下や後進を指導して行くか」と言うリーダーとしてのあり方だ。
ケンウッドはとっくに気が付いていた。ハイネの喋り方が他のドーマーと異なると言うことを。発声からして違う。ハイネは低い声で話しても相手の心に響く様な音声で話す。抑揚も話す速さも発音も全部計算し尽くした様な話し方だが、勿論本人は自然に話している。彼を教育した執政官が、彼がリーダーとして人前で話すことを想定して幼児期から訓練したのだ。だから、初めて彼と対面するコロニー人達は、古い映画で見る地球の王侯貴族を彼の話し方から想像してしまう。そして彼の独特の容姿と合わせて彼は高貴な血統の生まれなのかな、と思うのだ。
その日訓練所に居たのは15名の若者達で、ケンウッドの授業を受けた経験があるのは3名だった。勿論遺伝子管理局に入局が決まっている少年達だ。彼等は、ケンウッド先生とハイネ局長の見学に気が付くと、一気に緊張した。ケンウッド先生が副長官に就任したことは少年達にもとっくに伝わっており、彼等は「凄い人」に教わったことを誇りに感じた。その「凄い人」が、局長と言うドーマー界の超大物と同行して参観しているので、緊張度マックスだ。その時、彼等は護身術の訓練中だった。これは少年達全員が受けるので、15名の若いドーマー達はドーム幹部に「いいところ」を見せようと張り切った。
特に遺伝子管理局局員候補生3名と保安要員候補生2名は地球人らしい見事な筋肉を動かして格闘技を披露した。
「あの子・・・」
とハイネがケンウッドに1人の少年を指して囁いた。ケンウッドもその少年に気が付いていた。とても目立つのだ。身長はハイネと同じくらい高い。肩幅が広いがっしりとした印象だが、動きを見ているとかなりしなやかだ。筋肉も綺麗にバランス良く付いている。少年の肌は浅黒い。汗でキラキラと輝いている。アフリカ系とアメリカ先住民の血が混ざった南米系の少年だ。勿論、局員候補生なので、ケンウッドは彼を教えたことがある。正直なところ・・・
「あの子は落ち着きがなくてね・・・」
とケンウッドは囁き返した。
「かなりおちゃらけた性格で、養育係も手こずっている。」
「知っています。かなり特殊な生まれの子ですから。」
少年は母親の胎内に居る時点でドーマー候補に選ばれたのではなかった。新生児誕生リストに載った段階で、母親が出産を拒否した。母親にも子供にも不幸なことに、性犯罪で宿ってしまった生命だったのだ。母親は堕胎を希望し、母親の家族も彼女を保護した警察も診察した病院も彼女の希望を受け容れてくれるよう、担当支局に訴えた。
地球人類復活委員会は、この世に生を受けた者を大人の事情で排除することを良しとしなかった。彼等はアメリカ・ドーム南米分室に命じ、母親を保護し、胎児を生きたままで母胎から取り出した。胎児は直ちに人工子宮に入れられ、母親は子供が死んだものと思い込み、分室を去った。南米分室は胎児を育て、新生児としてこの世に出した。
普通なら、その子は養子に出されるはずだった。しかし、父親が誰なのか判明しなかった。父親は遺伝子管理局のリストに載っていない違法出生者だったのだ。遺伝子履歴が判明しない子供はドームの外に出さない、と言う遺伝子管理法が適用され、その子はドーマーとして育てられることが決定した。ところが、ここで予想外のことが行われた。
南米分室のスタッフ達は、その子がとても可愛らしかったので、ドーム本部に送らずに自分達で育てることにした。これは勿論違反だ。しかし、南米の大らかさで、彼等は自分達の決定を本部に連絡することもなく、その子供を育てた。まるで子犬を可愛がる様に、その子は自由気ままに分室と外の世界を行き来して、一般人と混ざって遊んでいた。
何時まで経っても南米から子供が送られて来ないので、本部から連絡を受けた月の委員会から視察団が南米に行き、その子を発見した。子供は既に5歳になっていた。分室スタッフは更迭され、大規模な人員入れ替えが行われた。その間、子供は南米に留め置かれたままだった。遺伝子管理局長ランディ・マーカスが再三にわたって月の委員会執行部をせっつき、やっと子供が北米のドーム本部に来たのは9歳になる直前だった。
外の世界を知っている子供を他の幼いドーマーと一緒には出来ない。執政官達はそう判断した。その子は隔離養育された。教育の大本からのやり直し、子供の人としての認識の書き換えだ。南米分室での公用語はスペイン語とポルトガル語だったので、子供は英語教育もみっちり仕込まれた。厳しい教育を受けたのだが、その子は天真爛漫さを失わなかった。
「あっ! ローガン・ハイネとケンウッド先生だ!」
局長を呼び捨てにして、少年が仲間から離れて2人の見学者のそばへ駆け寄って来た。
生まれながらに遺伝子管理局長になると決められていたローガン・ハイネ・ドーマーにとっては唯の「高校時代」みたいなものだろう、とケンウッドは思った。彼はここで仕事のやり方を学んだが、他の子供達とは全く別のことを教わったはずだ。つまり、「いかにして部下や後進を指導して行くか」と言うリーダーとしてのあり方だ。
ケンウッドはとっくに気が付いていた。ハイネの喋り方が他のドーマーと異なると言うことを。発声からして違う。ハイネは低い声で話しても相手の心に響く様な音声で話す。抑揚も話す速さも発音も全部計算し尽くした様な話し方だが、勿論本人は自然に話している。彼を教育した執政官が、彼がリーダーとして人前で話すことを想定して幼児期から訓練したのだ。だから、初めて彼と対面するコロニー人達は、古い映画で見る地球の王侯貴族を彼の話し方から想像してしまう。そして彼の独特の容姿と合わせて彼は高貴な血統の生まれなのかな、と思うのだ。
その日訓練所に居たのは15名の若者達で、ケンウッドの授業を受けた経験があるのは3名だった。勿論遺伝子管理局に入局が決まっている少年達だ。彼等は、ケンウッド先生とハイネ局長の見学に気が付くと、一気に緊張した。ケンウッド先生が副長官に就任したことは少年達にもとっくに伝わっており、彼等は「凄い人」に教わったことを誇りに感じた。その「凄い人」が、局長と言うドーマー界の超大物と同行して参観しているので、緊張度マックスだ。その時、彼等は護身術の訓練中だった。これは少年達全員が受けるので、15名の若いドーマー達はドーム幹部に「いいところ」を見せようと張り切った。
特に遺伝子管理局局員候補生3名と保安要員候補生2名は地球人らしい見事な筋肉を動かして格闘技を披露した。
「あの子・・・」
とハイネがケンウッドに1人の少年を指して囁いた。ケンウッドもその少年に気が付いていた。とても目立つのだ。身長はハイネと同じくらい高い。肩幅が広いがっしりとした印象だが、動きを見ているとかなりしなやかだ。筋肉も綺麗にバランス良く付いている。少年の肌は浅黒い。汗でキラキラと輝いている。アフリカ系とアメリカ先住民の血が混ざった南米系の少年だ。勿論、局員候補生なので、ケンウッドは彼を教えたことがある。正直なところ・・・
「あの子は落ち着きがなくてね・・・」
とケンウッドは囁き返した。
「かなりおちゃらけた性格で、養育係も手こずっている。」
「知っています。かなり特殊な生まれの子ですから。」
少年は母親の胎内に居る時点でドーマー候補に選ばれたのではなかった。新生児誕生リストに載った段階で、母親が出産を拒否した。母親にも子供にも不幸なことに、性犯罪で宿ってしまった生命だったのだ。母親は堕胎を希望し、母親の家族も彼女を保護した警察も診察した病院も彼女の希望を受け容れてくれるよう、担当支局に訴えた。
地球人類復活委員会は、この世に生を受けた者を大人の事情で排除することを良しとしなかった。彼等はアメリカ・ドーム南米分室に命じ、母親を保護し、胎児を生きたままで母胎から取り出した。胎児は直ちに人工子宮に入れられ、母親は子供が死んだものと思い込み、分室を去った。南米分室は胎児を育て、新生児としてこの世に出した。
普通なら、その子は養子に出されるはずだった。しかし、父親が誰なのか判明しなかった。父親は遺伝子管理局のリストに載っていない違法出生者だったのだ。遺伝子履歴が判明しない子供はドームの外に出さない、と言う遺伝子管理法が適用され、その子はドーマーとして育てられることが決定した。ところが、ここで予想外のことが行われた。
南米分室のスタッフ達は、その子がとても可愛らしかったので、ドーム本部に送らずに自分達で育てることにした。これは勿論違反だ。しかし、南米の大らかさで、彼等は自分達の決定を本部に連絡することもなく、その子供を育てた。まるで子犬を可愛がる様に、その子は自由気ままに分室と外の世界を行き来して、一般人と混ざって遊んでいた。
何時まで経っても南米から子供が送られて来ないので、本部から連絡を受けた月の委員会から視察団が南米に行き、その子を発見した。子供は既に5歳になっていた。分室スタッフは更迭され、大規模な人員入れ替えが行われた。その間、子供は南米に留め置かれたままだった。遺伝子管理局長ランディ・マーカスが再三にわたって月の委員会執行部をせっつき、やっと子供が北米のドーム本部に来たのは9歳になる直前だった。
外の世界を知っている子供を他の幼いドーマーと一緒には出来ない。執政官達はそう判断した。その子は隔離養育された。教育の大本からのやり直し、子供の人としての認識の書き換えだ。南米分室での公用語はスペイン語とポルトガル語だったので、子供は英語教育もみっちり仕込まれた。厳しい教育を受けたのだが、その子は天真爛漫さを失わなかった。
「あっ! ローガン・ハイネとケンウッド先生だ!」
局長を呼び捨てにして、少年が仲間から離れて2人の見学者のそばへ駆け寄って来た。