2017年8月11日金曜日

侵略者 10 - 3

 昼休み、ケンウッドは中央研究所の食堂に行った。ヘンリー・パーシバルとヤマザキ医師が先に来ていて、既に食べ物を取って座っていた。ケンウッドが料理を持ってテーブルに行くと、パーシバルがヤマザキの筋肉疲労を笑っているところだった。

「地球人と同じペースで走れるなんて思うのが馬鹿なんだよ、君は・・・」

 みんなから馬鹿呼ばわりされてヤマザキはくさっていた。ケンウッドが席に着くと、パーシバルが話を説明しようとしたので、ケンウッドは「現場を見た」と言って遮った。

「私が行った時にはハイネは影も形もなかった。」
「彼は背が高いし、身体能力は見た目よりさらに若いからなぁ。足は速いだろうさ。」

 それでケンウッドは先刻の助手の指摘を思い出して、ヤマザキに尋ねた。

「ケン、うちの助手達がハイネが3年前より若返って見える、と言うのだが、どう思う?
私はずっと彼を見て来たので変化に気が付かないだけだろうか?」

 するとヤマザキが真剣な顔で言った。

「実は、見極め検査で採取した彼の血液を分析した結果、30代前半の時と同じ数値が出た。健康状態を維持出来る能力が優れているとも言えるが、遺伝子による細胞の活性化かも知れない。なにしろ黴を退治する為に大量の薬剤を投与したからね、どんな副作用が出るのか見当が付かない。彼の体に悪い結果は出ないはずだが、若返りは計算外だ。」
「一時的じゃないのか?」

とパーシバルは真面目に取り合わなかった。

「ハイネはその日の体調によって若く見えたり老けて見えたりするからな。」
「不思議な爺さんだ。」
「だから! その爺さんって呼ぶのは止めなよ。ケンだけだぞ、彼を爺さん扱いするのは。」

 その時、リプリー副長官が食堂に入ってきた。後ろに従えているのは秘書らしい。その男性の顔を見て、ケンウッドはもう少しでフォークを落とすところだった。副長官には関心がなかったし、秘書の存在など気にも留めなかったので、今まで気が付かなかった。

「あの男がリプリーの秘書かね?」

と囁くと、パーシバルが頷いた。

「うん、珍しいドーマーの秘書だ。リプリーは彼の有能さが気に入ってかなり以前から助手から秘書へ取り立てたらしい。ええっと名前はJC・・・なんか音楽家の名前だったような?」

 つまり、ジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーだ。急用と言うのは、リプリーが長官代理の副長官となって多忙になったから、秘書もフル稼働しなければならなくなったのだろう。ケンウッドの視線に気が付いて、ロッシーニ・ドーマーは軽く頭を下げた。勿論リプリーは秘書の正体を知らない。テーブルに着くと食事をしながら午後の仕事の打ち合わせだ。

「リプリーは忙しくなった様だな。」
「チクリ屋の報いだろう。」

 パーシバルはケンウッドも「チクリ屋」なのを知っているのだが、敢えて触れなかった。

「彼はリン派の粛正に着手したんだ。炙りだして糾弾するか、密かにドームから追い出すか、それの判断に当分時間を割かれるだろうよ。」