ジャック・エイデン・ドーマーは20代の男で、少しぽっちゃりした体型だった。ドーマーで肥満している人は滅多にいないから、ぽっちゃり体型の男は「太ったヤツ」として見なされる。検査着に着替えて検査用ベッドの縁に腰掛けていた彼は、入室して来た執政官が2人だったので、びっくりした。思わず立ち上がってから、後ろにいる背が高い男が誰なのかわかって顔色を変えた。
ケンウッドは気が付かないふりをして、「こんにちは」と挨拶した。
「では検査を始めよう。エイデン・ドーマー、君は前回の『お勤め』以後、貝類を食したかね?」
「あ・・・いいえ・・・」
ケンウッドは手袋をはめた手で彼の体に触れ、前回湿疹が出た場所を診た。エイデン・ドーマーの肌は綺麗に治っていた。
「対処法を知りたいと言うことだが、これは食べないと言うことに限る。貝類の種類にもよるので、医療区で診てもらいなさい。ちゃんと検査してくれるから。」
エイデン・ドーマーは少し緊張した面持ちで頷いた。目に微かに涙が滲んでいる。ケンウッドは気が付かないふりをした。
「このまま帰してもかまわないのだが、それでは『お勤め』の規定に反するので、血液採取と検体採取を行うが、承知してくれるかね? もし異存があれば、ここに遺伝子管理局長が立ち会っているから、申し立てると良い。」
血液採取と聞いて、エイデン・ドーマーは不安げに局長を見た。局長が断ってくれないかと期待したのだろうか。ハイネは何も言わずに彼を見返しただけだ。ケンウッドが血液採取用の注射器の準備を終えて振り返ったので、彼は渋々腕を出した。しかし、ケンウッドが彼の腕を優しく掴むと、尋ねた。
「どうしても採取しないといけませんか?」
「注射が嫌いなのは誰も同じだよ。」
ケンウッドは飽くまでとぼけて言った。このドーマーは何か秘密を抱えている。だからハイネやロッシーニが興味を抱いたのだ。エイデン・ドーマーは躊躇ってから、固い声で言った。
「ハイネ局長と2人きりにしていただけませんか?」
執政官には言えないことか。ケンウッドはハイネを振り返った。どうする? と目で問うた。ハイネが頷いた。ケンウッドはエイデン・ドーマーを振り返り、わかった、と応えた。
ケンウッドは部屋の外に出た。通路で壁にもたれてぼーっと立っていると、リプリー副長官が向こうから歩いてくるのが見えた。長官代理の副長官、かなり疲れて見えた。元々目立つのが好きでない人のはずだ。ケンウッドは姿勢を正してまっすぐに立つと、彼に声を掛けた。
「研究とドーム行政の両立はいかがですか、リプリー博士。」
リプリーがハッと彼の存在に気が付いて顔を上げた。
「そこで何をしているんです、ケンウッド博士?」
「ちょっと時間調整です。」
リプリーは検査室のドアを見た。中に誰かがいると言うのはわかったはずだ。
「『お勤め』の時間調整ですか。」
「ええ。」
リプリーはまた歩きかけて、ふと足を止めた。
「そう言えば、変な噂を耳にしました。」
「変な噂?」
「飽くまで噂ですから、どうか気を静めて聞いて下さい。」
まだ呑み込めないケンウッドの前に戻って来て、副長官が声を低めて囁いた。
「貴方が遺伝子管理局長に手を出していると言う・・・」
ケンウッドは冷静でいられた。既にその手の噂は耳に入っていた。リンの一味が流していたのだ。リンが更迭されてまだ1日も経っていない。
「その噂はドーマーの間で流れているのですか、それともコロニー人の間で?」
「コロニー人の中で・・・恐らくリンの一味でしょう。根も葉もない噂であることは、私もわかっています。観察棟で収容者に手を出すなんて不可能です。それに、ハイネには誰も手を出せない。」
リプリーが微かに笑った。
「その噂を流す人間を順番にリストに加えています。信じない人間は聞いても流しませんからね。貴方は不愉快でしょうが、暫く我慢して頂きます。」
その時、ドアが開いてハイネが通路に出て来た。リプリーが跳び上がる程驚くのがケンウッドにはわかった。「清いドーマー」が「お勤め」室から出てくるか?
ハイネは副長官に気が付くと、おや、と眉を上げた。
「こんにちは、リプリー副長官。これから今朝の続きですか?」
「あ、いや、偶々通りかかっただけで・・・」
「この後のご予定は?」
「やっと本業の時間だが・・・」
「ちょっとお部屋にお邪魔してよろしいですか?」
いきなり遺伝子管理局長から訪問の申し込みを受けて、副長官は即答出来なかった。困惑して、躊躇って、ケンウッドを見た。一体何が彼を困らせているのか? ケンウッドが助けてくれると思ったのか?
ケンウッドはエイデン・ドーマーが気になったが、副長官と遺伝子管理局長の会話の方が優先だろうと思ったので黙っていた。
リプリーは腹をくくって、どうぞ、と言った。
ケンウッドは気が付かないふりをして、「こんにちは」と挨拶した。
「では検査を始めよう。エイデン・ドーマー、君は前回の『お勤め』以後、貝類を食したかね?」
「あ・・・いいえ・・・」
ケンウッドは手袋をはめた手で彼の体に触れ、前回湿疹が出た場所を診た。エイデン・ドーマーの肌は綺麗に治っていた。
「対処法を知りたいと言うことだが、これは食べないと言うことに限る。貝類の種類にもよるので、医療区で診てもらいなさい。ちゃんと検査してくれるから。」
エイデン・ドーマーは少し緊張した面持ちで頷いた。目に微かに涙が滲んでいる。ケンウッドは気が付かないふりをした。
「このまま帰してもかまわないのだが、それでは『お勤め』の規定に反するので、血液採取と検体採取を行うが、承知してくれるかね? もし異存があれば、ここに遺伝子管理局長が立ち会っているから、申し立てると良い。」
血液採取と聞いて、エイデン・ドーマーは不安げに局長を見た。局長が断ってくれないかと期待したのだろうか。ハイネは何も言わずに彼を見返しただけだ。ケンウッドが血液採取用の注射器の準備を終えて振り返ったので、彼は渋々腕を出した。しかし、ケンウッドが彼の腕を優しく掴むと、尋ねた。
「どうしても採取しないといけませんか?」
「注射が嫌いなのは誰も同じだよ。」
ケンウッドは飽くまでとぼけて言った。このドーマーは何か秘密を抱えている。だからハイネやロッシーニが興味を抱いたのだ。エイデン・ドーマーは躊躇ってから、固い声で言った。
「ハイネ局長と2人きりにしていただけませんか?」
執政官には言えないことか。ケンウッドはハイネを振り返った。どうする? と目で問うた。ハイネが頷いた。ケンウッドはエイデン・ドーマーを振り返り、わかった、と応えた。
ケンウッドは部屋の外に出た。通路で壁にもたれてぼーっと立っていると、リプリー副長官が向こうから歩いてくるのが見えた。長官代理の副長官、かなり疲れて見えた。元々目立つのが好きでない人のはずだ。ケンウッドは姿勢を正してまっすぐに立つと、彼に声を掛けた。
「研究とドーム行政の両立はいかがですか、リプリー博士。」
リプリーがハッと彼の存在に気が付いて顔を上げた。
「そこで何をしているんです、ケンウッド博士?」
「ちょっと時間調整です。」
リプリーは検査室のドアを見た。中に誰かがいると言うのはわかったはずだ。
「『お勤め』の時間調整ですか。」
「ええ。」
リプリーはまた歩きかけて、ふと足を止めた。
「そう言えば、変な噂を耳にしました。」
「変な噂?」
「飽くまで噂ですから、どうか気を静めて聞いて下さい。」
まだ呑み込めないケンウッドの前に戻って来て、副長官が声を低めて囁いた。
「貴方が遺伝子管理局長に手を出していると言う・・・」
ケンウッドは冷静でいられた。既にその手の噂は耳に入っていた。リンの一味が流していたのだ。リンが更迭されてまだ1日も経っていない。
「その噂はドーマーの間で流れているのですか、それともコロニー人の間で?」
「コロニー人の中で・・・恐らくリンの一味でしょう。根も葉もない噂であることは、私もわかっています。観察棟で収容者に手を出すなんて不可能です。それに、ハイネには誰も手を出せない。」
リプリーが微かに笑った。
「その噂を流す人間を順番にリストに加えています。信じない人間は聞いても流しませんからね。貴方は不愉快でしょうが、暫く我慢して頂きます。」
その時、ドアが開いてハイネが通路に出て来た。リプリーが跳び上がる程驚くのがケンウッドにはわかった。「清いドーマー」が「お勤め」室から出てくるか?
ハイネは副長官に気が付くと、おや、と眉を上げた。
「こんにちは、リプリー副長官。これから今朝の続きですか?」
「あ、いや、偶々通りかかっただけで・・・」
「この後のご予定は?」
「やっと本業の時間だが・・・」
「ちょっとお部屋にお邪魔してよろしいですか?」
いきなり遺伝子管理局長から訪問の申し込みを受けて、副長官は即答出来なかった。困惑して、躊躇って、ケンウッドを見た。一体何が彼を困らせているのか? ケンウッドが助けてくれると思ったのか?
ケンウッドはエイデン・ドーマーが気になったが、副長官と遺伝子管理局長の会話の方が優先だろうと思ったので黙っていた。
リプリーは腹をくくって、どうぞ、と言った。