2017年8月16日水曜日

侵略者 10 - 13

 ケンウッドが強い衝撃を受けたことを、マーカス・ドーマーは理解した。ケンウッドは何を言うべきなのか、どう受け止めるべきか、途方に暮れた。絶対にあってはならないことだ。起こるはずのないことだ。しかし現実に目の前に結果が存在していた。
 彼はカラカラになった喉から辛うじて言葉を搾りだした。

「マーサ・セドウィックと言う女性執政官は、ローガン・ハイネ・ドーマーの子供を産んだのですね?」
「そう言うことでしょうな。」

とマーカス・ドーマーは曖昧な答え方をした。
 ケンウッドは声が震えるのを止められなかった。

「しかも、女の子だった・・・」
「確かに、女性です。」

 ケンウッドは立ち上がった。

「これがどう言うことなのか、貴方はおわかりでしょう、マーカス・ドーマー? 当時の委員会にもわかったはずだ!」

 しかし、マーカス・ドーマーはこう言った。

「マーサ・セドウィックは子供の父親が誰なのか頑として明かしませんでした。」
「遺伝子が・・・」
「彼女は遺伝子検査を拒否したのです。彼女のものも、子供のものも。」
「父親は地球人の男ですよ! 地球人にも女の子が作れる証明じゃないですか!」
「そんなことはわかっていますよ。」

 15代目遺伝子管理局長だった老人は落ち着いたままだった。

「地球人の男とコロニー人の女が直接交われば女の子が出来る可能性があることは、最初からわかっていました。」
「・・・」

 ケンウッドはマーカス・ドーマーの言葉を頭の中で繰り返してみた。何か引っかかる。キーワードが存在する・・・
 彼は次第に冷静さを取り戻してきた。キーワードは・・・「直接」?
 前遺伝子管理局長が新副長官に優しく解説した。

「ドームで創る女の子は全員クローンです。コロニー人女性から提供される受精卵からクローン受精卵を作り、オリジナルは母親に返します。クローンの女性の赤ん坊を育て、ドームで生まれた男子の赤ん坊と取り替える。外で成長したクローンの女性が現在の地球人の母親達です。彼女達は男の子しか産まない。試しにドーマーとして育てた女の子3名をコロニー人と結婚させたことがありました。1世紀前の実験です。やはり男の子しか生まれませんでした。
 クローンの女性は男の子しか産めない。だからと言って、オリジナルの受精卵を地球にそのまま提供する訳にはいかない。数だって足りない。だから貴方方は研究しているのでしょう? 何故クローン女性は男の子しか産めないのか、と。」
「原因は女性側であって、男性側ではない?」
「しかしオリジナルの方は成長して女の子を産んでいる。」
「原因はクローン?」
「しかし、比較検査しても、違いはなかったそうです。」

 ケンウッドはクローン工学の専門家ではない。彼の研究は大気汚染が皮膚に与える影響、皮膚の老化現象が生殖細胞に与える影響だ。

「兎に角、マーサ・セドウィックは生まれた子供が研究対象にされるのを避けたかった。だから父親のわからない子として育てたのです。
 キーラ・セドウィック博士のプロフィールをご覧になられるとよろしい。副長官になられたのですから、閲覧出来るはずです。彼女の父親欄は空白です。遺伝子の特徴が書かれていますが、父親から受け継いだであろう項目は青文字です。先ず身体的特徴しか書かれていません。遺伝病はなし。進化型1級遺伝子もありません。幸いにも父親は彼女に身元を明らかにする決定的なものを与えなかったのです。」

 ケンウッドは深呼吸した。今までもやもやしていたものが晴れてきた感じだ。

「2人は互いの関係を知っているのですか?」
「どうでしょうな。」

 マーカス・ドーマーはちょっと目を閉じた。喋り疲れたかとケンウッドが危惧しかけると、また彼は目を開いた。

「キーラは最初、警察官としてここへ来ました。『死体クローン事件』はご存じですな?」
「はい。」
「彼女は上司である刑事のお供で初めて地球へ下りて来ました。そして遺伝子管理局内務捜査班の捜査官であるローガン・ハイネ・ドーマーと出会いました。」

 それは運命だったのだろうか? ケンウッドは運命と言う言葉が好きではなかったが、ふとその単語を思い浮かべてしまった。

「ローガン・ハイネは彼女に気が付きませんでした。ドーマーですからな、いなくなった初恋の女性が子供を産むなどと想像すらしなかったのです。」