2017年8月16日水曜日

侵略者 11 - 1

 翌朝の執政官会議でリプリー新長官とケンウッド新副長官はアメリカ・ドーム執政官達から名実共にトップに承認された。この会議には勿論遺伝子管理局長も出席しており、執政官の何人かはハイネの顔色を伺うかの様に、そっと彼の方を見た。ハイネは普通に新長官と新副長官を承認する拍手をして、会議は無事終了した。
 会議が解散すると、リプリー長官はケンウッド副長官、クーリッジ保安課長、ハイネ遺伝子管理局長を長官執務室に呼んだ。そして4名のドーム最高責任者によるマザーコンピュータアクセス権の書き換えを行った。サンテシマ・ルイス・リン長官の権利を削除して、リプリー副長官の権利も削除すると、次にリプリー長官の権利とケンウッド副長官の権利を登録する。2名を削除して2名を新たに登録するので、変化しない2名、クーリッジ保安課長とハイネ遺伝子管理局長の作業が多くなり、全てのコードの書き換えに夕方迄かかってしまった。リプリーにとっては2回目、クーリッジ、ハイネにとってこれは3回目の経験だったが、ケンウッドは初めてだったので戸惑ったし、閉口した。

「この4名の中の誰か1人でも交代すれば、その度にこの作業が待っているからなぁ。」

とクーリッジ保安課長がぼやいた。するとハイネが

「4名全員が1度に交代すればどうなるのです?」

と尋ねて、保安課長を考え込ませた。リプリーが長官らしくその点は学習しており、

「他のドームの長官が立ち会うのだ。地球人はそれとは別のドームの遺伝子管理局長が担当する。新人に手順を教えなければならないからな。旧メンバーは立ち会えない。新規のパスワードを覚えられてはいけないからだ。」
「理解しました。」

 ハイネが殊勝に新長官に頭を下げて見せた。
 ケンウッドは自身が地球の最高機密を扱うコンピュータのアクセス権を持ったことがまだ信じられなかった。

「私がこのコンピュータを呼び出すことがない様に祈っています。億と言う地球人の運命を背負っていると考えただけで押しつぶされそうな気分です。」

 ハイネがチラリと彼を横目で見た。貴方はそんなちっぽけな玉かい? と言われた様な気がして、ケンウッドは大きく息を吸った。

「勿論、責任を投げ出す様なことは絶対にしません。」

 リプリーが苦笑した。

「私が言おうと思ったことを言わないでくれないか、ケンウッド副長官。」

 上位の者の喋り方が少し様になってきた。
 長官室の外に出て隣の会議室で仕事をしていた秘書達がやっと呼ばれて戻って来た。

「皆さん、お食事もまだなのではありませんか?」

とロッシーニ・ドーマーが心配して声を掛けた。リプリーが首を振った。

「ああ、今日はこれで終わりだ。みなさん、ご苦労様でした。解散としよう。」

 ケンウッドが気を利かせて、一緒に夕食でも、と声を掛けたが、リプリー長官はまだ書類整理があるので携行食で済ませる、と言った。彼は秘書達に帰宅を許可したので、残りの人々は長官室を辞した。
 通路に出ると、クーリッジ保安課長もまだ用事があるから、と保安課本部へ足早に立ち去り、ケンウッドとハイネの2人だけが残った。ハイネが尋ねた。

「どちらの食堂にします?」

 ケンウッドはアパートに近い中央研究所にしようか、気安く食事が出来る一般食堂にしようかと迷った。ハイネは一般食堂の方が好みだな、と思ったのだが、そのハイネが

「今日は疲れたのでアパートに近い方にしませんか?」

と提案したので、結局中央研究所の食堂に出かけた。
 遅い時刻になっていたので、食堂は空いており、マジックミラーの壁の向こうの出産管理区も半分照明が落とされていた。妊産婦達の食事時間はとっくに終わって、一部のスタッフが利用しているだけだった。
 夜も遅いので、ハイネは軽いサラダやデリカテッセン類だけを取った。ケンウッドもメインを少量だけ取り、サラダ類だけでお腹を満たした。
 2人で静かに食べていると、やがてハイネが話しかけて来た。

「昨日は15代目と何を話しておられたのです?」
「気になるのかい?」
「あの後で爺様を『黄昏の家』に送って行く時、あの人が妙に静かだったので。喋り疲れたのだと推測しました。」

 ケンウッドは思わず笑った。ハイネは更に続けた。

「エイブラハムとジェレミーも貴方の秘書を連れてサロンに移動していましたし・・・」

 ケンウッドは隠し事は好きでなかった。しかし真実が必ずしも善と言う訳でもない。

「副長官としての心得を講義してもらったんだよ。」

 これは嘘ではない。半世紀前の執政官が犯した過ちを教えてもらったのだ。支配者側の身勝手な考えで1人の若いドーマーの心を深く傷つけてしまったと言う過ちを。マーカス・ドーマーは人間の純粋培養計画の愚かさを伝えてくれた。人間を動物園の希少動物みたいに扱うことの恐ろしさを教えてくれた。
 ハイネは、その恐ろしい体験をした本人はとっくにそれを乗り越えたのだろうが、ケンウッドの顔を眺め、ふーん、と言ったきりでそれ以上は聞かなかった。
 ケンウッドの端末に電話が着信した。出ると、ヘンリー・パーシバルだった。

「もうコード書き換えは終わったのかい?」
「うん。今、ハイネと2人で晩飯中だ。」
「どこで?」
「中央・・・もうすぐ終わる。」
「飲まないか? ちょっとお祝いしたい。」

 するとハイネがその声を聞きつけてケンウッドに囁いた。

「よろしければ、私の部屋で飲みませんか?」

 ケンウッドは思わず彼の顔を見た。もしもし? とパーシバルが声を掛けた。
ケンウッドはハイネを見たまま、端末に言った。

「ハイネが彼の部屋に来いとさ。」
「マジ?」

 パーシバルの声のトーンが上がった。

「行って良いのか?」

 ハイネが声を出した。

「どうぞ、ご遠慮なさらずに。」
「そんじゃ、ヤマザキも連れて行くぞ?」
「どうぞ。」

 ケンウッドは時間を打ち合わせして電話を終えた。ハイネが可笑しそうに言った。

「あちらは既に飲んでますね。」
「その様だね・・・ハイネ、今夜は覚悟しておいた方が良いぞ。明日は遅刻するかも知れない。」