2017年8月14日月曜日

侵略者 10 - 8

 ケンウッドは月から戻ったリプリー副長官に呼ばれて副長官執務室へ行った。部屋に入ると、秘書のジャン=カルロス・ロッシーニ・ドーマーから少し待つ様にと言われた。先客が居て、輸送班の代表マリオ・コルレオーネ・ドーマーがリプリーと何やら打ち合わせをしているのだった。リプリーは急ぐ必要はないと言ったが、コルレオーネ・ドーマーは今夜中にやってしまえると言い切った。夜中に仕事をした方が作業がはかどるのだと自信満々なので、リプリーは彼に全面的に任せると言って話をまとめた。
 コルレオーネ・ドーマーは直ぐに部下を招集して作業を開始しますと言い、ケンウッドに軽く会釈して部屋から出て行った。
 リプリー副長官がフーッと大きく息を吐いた。研究一筋が性に合っている男なので、ドーマーであれコロニー人であれ、人と付き合うのが少し苦痛なのだ。無難な男、と言うことでサンテシマ・ルイス・リンは彼を副長官に要請した。月の本部はリンと性格の異なる彼がリンの抑え役となると考えて承認した。結果的に抑え役どころかリンを排除する反対派の先鋒となってしまったが。リプリーとしては周辺で風紀が乱れて研究に没頭出来ないのが嫌だったのだ。
 秘書がケンウッド博士の入室を告げると、副長官は執務机にケンウッドを呼んだ。ケンウッドが机の前に立つと、開口一番、彼は言った。

「ニコラス・ケンウッド博士、アメリカ・ドームの副長官をお任せしたい。受けて下さい。」

 ケンウッドは瞬きした。暫し相手の言葉を呑み込めなかったのだ。

「あの・・・何と仰いました?」
「副長官になって欲しい、と言いました。私は長官職を押しつけられた・・・」

 告げる順序が逆だろうとケンウッドは思った。長官職に就くので、空いた副長官職におまえを、と言うべきだ、と彼はどうでも良いことを考えた。

「長官就任、おめでとうございます。」
「あ・・・有り難う・・・」

 リプリーはあまり嬉しくなさそうだ。そして彼の要請に即答しないケンウッドに不安気な視線を向けた。

「副長官をお願い出来ますか?」
「何故、私なのです?」

 ケンウッドも当惑しているので質問で返してしまった。リプリーは非常に困ったと言う表情で秘書を見た。助けを求めたが、ロッシーニ・ドーマーは気が付かないふりをして書類整理をしていた。
 リプリーが腹をくくって言った。

「貴方は遺伝子管理局長と仲が良いので。私と遺伝子管理局との架け橋になって欲しいのです。」

 ケンウッドはなんと返して良いのかわからない。どうにか言葉に出したのは、

「仲が良いのは、ヘンリー・パーシバル博士もヤマザキ・ケンタロウ医師も同じですし・・・」
「パーシバル博士は、残念ながら特定のドーマーを贔屓にするファンクラブを主催されている。公平に全てのドーマーを見ているとは、私には思えません。」
「いえ、決してそんなことは・・・」
「それに彼は軽い。」
「はぁ?」
「ハイネに対する振る舞いが慣れ慣れし過ぎます。それでは外部の人間が見ればハイネが彼のペットに見えてしまう。」
「・・・」

 リプリーの指摘はもっともだ。パーシバルはチーズを用いてハイネを手懐けてしまっている。挨拶に抱きしめられてもハイネはパーシバルを拒まないのだ。リプリーはパーシバルが敵ではないと承知しているので糾弾の対象にしないだけで、もし行き過ぎた態度が見受けられればきっと注意を与えるだろう。

「パーシバル博士はハイネの友達のままでいてもらいます。役職を与えるのは彼の為にも良くありません。」
「わかりました。」
「それにヤマザキ医師は医療区の業務に忙しい。副長官兼任は無理です。」
「ごもっともです。」
「ですから、貴方にお願いしたいのです。ハイネは貴方には逆らわない。しかし貴方方は距離を適度においている。互いに相手を尊敬し合っている証拠です。」
「しかし、月は・・・」
「月の本部は、私に副長官選任を任せてくれました。
 ケンウッド博士、私は長官の器でないことを自身承知しています。しかし、自分で火を点けてしまったドームの改革を他人に丸投げしたくはない。私はこれから風紀の乱れを直す為にどんどん悪役になります。貴方はドーマー達の不満や不信を感じ取るのが上手い。どうか、私の舵取りをして、私が過ちを犯さないよう見張って下さい。お願いします。」

 ケンウッドは、マリオ・コルレオーネ・ドーマーが呼ばれた理由を悟った。リプリーが長官執務室に引っ越すのと同時にケンウッドの部屋をこの副長官室へ移すようにと指図されたのだ。
 ロッシーニ・ドーマーは一切コメントをはさまない。ケンウッドの出方を観察している。恐らくパーシバルのハイネに対する態度を報告したのはロッシーニの部下だろう。内務捜査班は局長にコロニー人と距離を置けとは注意しないのか?
 ケンウッドはリプリーに言った。

「わかりました。副長官の話をお受けします。」
「有り難うございます。」
「私からもお願いがあります。」
「何でしょう?」

 リプリーが不安そうに見返したので、ケンウッドはちょっと可笑しくなった。

「その腰の低い話し方はもうお止めになられてはいかがでしょう? 長官になられたのですから、堂々となさって下さい。私にも命令口調で結構です。」
「しかし・・・これは私の地ですから・・・」
「秘書のロッシーニ・ドーマーに話しかけるのと同じで良いですよ。」

 するとロッシーニ・ドーマーがプッと吹き出して、「失礼」と横を向いた。ケンウッドはリプリーを検めて見た。この人は秘書にも丁寧に話しかけるのか?
 ケンウッドはきっぱりと言った。

「ですから、長官らしく話して下さい。さもないと、ハイネに舐められます。」
「舐められる?」
「向こうは82歳の爺さんです。我々は彼から見ればドーマーもコロニー人も全員、ガキ、なんです。ガキが下手に出れば、ガキ扱いされるだけです。堂々と大人として接しなければいけません。」
「そ・・・そうなのか?」

 リプリーはまた秘書を見た。ロッシーニ・ドーマーが渋々ボスに意見した。

「ドーム長官は遺伝子管理局長の『親』として振る舞わなければなりません。執政官は全てのドーマーの親なのです。それがドーム行政の基本です。」

 リプリーが考え、そして頷いた。

「わかった。」
「では、これから遺伝子管理局本部、局長室へ連絡を入れます。」
「何の為に?」

 ロッシーニとケンウッドは思わず顔を見合わせた。ケンウッドは新長官に向き直って言った。

「勿論、新長官と新副長官が、遺伝子管理局長に、就任の挨拶をしに行くのですよ!」