一般食堂に入ったのは、多くの住民が昼休みを終える頃だった。ローガン・ハイネ局長は普段から昼食はこの時間に摂っていたし、訓練生達も大人の邪魔をしない時刻に訓練所の外へ食事に出るので、彼等には「日常」の時間帯だ。ケンウッドの食事時間は曖昧だったので、彼は2日酔いの後の軽い食事を、と中華粥と野菜の煮物を選んだ。トレイを持ってテーブルを探すと、いつもの場所でヘンリー・パーシバルとヤマザキ・ケンタロウが座っているのを見つけた。近づいて行くと、彼等は既に昼食を終えるところだった。
「やあ、ケン、調子は良くなったかい?」
ケンウッドが声を掛けると、ヤマザキが顔を上げた。彼もお粥のボウルを前に置いていた。
「ああ、ケンさん、なんとか生還したよ。」
「君は平気そうだな、ニコ。」
パーシバルが笑いながら言った。この男は飲んだふりをしてあまり飲んでいなかった。雰囲気で酔える人間なのだ。
「なんとかね・・・彼には負けるが・・・」
ケンウッドはレジで訓練生達とたわむれているハイネ局長を顎で指した。そちらに視線をやったパーシバルが目を輝かせた。
「おっ! クロエルちゃんがいるじゃないか!」
「どれが噂のクロエル?」
ヤマザキは養育棟の担当ではないので少年達とあまり接点がなかった。クロエル・ドーマーの名前と評判は聞いたことがあるが顔は馴染みがなかったのだ。パーシバルがフォークで指した。
「ほら、ハイネの左にいるアフリカ系の南米人。」
「へぇ・・・でかいなぁ・・・」
「でも顔はめっちゃ可愛らしいだろ?」
「うん。美男子なんだろうけど、可愛らしいと言う言葉がぴったりだな。」
ケンウッドはふと思いついて尋ねた。
「ヘンリー、クロエルのファンクラブも作るのかい?」
「いや。」
パーシバルが即座に否定した。
「作ってやると言ったら、あの子は『めんどくせぇ』って言ったんだ。ポールみたいに取り巻きを連れて食事をしたりジムで運動するのは、御免なんだろう。」
「だけどファンはいるだろ?」
「うん。多分、訓練所を卒業したら人数が増えると思う。かなり面白いヤツだし、性格が良いから。」
それでケンウッドはハイネがクロエルに柔術の試合を申し込んだ話を語った。ハイネ本人は訓練生に捕まって別のテーブルに行ってしまったので、遠慮なく話せた。
ヤマザキが感想を述べた。
「要するに、ハイネは若造に教訓を与えたいが為に、試合をした訳だな?」
「どうだろ? チーズが絡んでいるとしたら、ただの3年越しの恨みを晴らしただけかも知れない。」
とパーシバル。
「それにしても、その試合を見たかったなぁ。僕はハイネが闘っているところを見たことがないんだ。ジムに居る時の彼は大概独りだからなぁ。殆ど単独演武だから舞を見ているようなもんだ。」
「しかし、組み合って動かない時間が長かったし、勝敗は一瞬で決まったから、見ていて楽しいかどうか・・・」
「クロエルも動かなかったのか?」
「彼は動きたくても動けなかった。ハイネにしっかり組み付かれて焦っていたのはわかったが・・・」
2人の会話を聞いたヤマザキが訓練生達のテーブルを見た。クロエルは離れた場所から見てもでかい。ヤマザキは呟いた。
「よくあんなでかいのを倒せたなぁ・・・後で熱を出さなきゃ良いけど・・・」
ケンウッドはその言葉を聞き逃さなかった。
「彼は完治したんだろ?」
「完治はしたけど、彼の肺は昔ほど元気じゃなくなっているはずだ。黴に痛めつけられた後で洗浄されたからね。薬も大量に投与されたから、若い頃と比べればかなり弱っている。だから完治宣言の翌日、彼がジョギングをすると言うので僕も伴走したんだ。」
「ああ、君が置き去りにされた、あの朝だな。」
「・・・まぁ、ジョギング程度なら平気だろうけど、用心するに越したことはない。無茶はさせないでくれよ。」
ハイネの主治医は局長が82歳だと言うことを常に念頭に置いている。ハイネが40代の肉体を保持していても、ヤマザキの目には1人の年配者にしか見えないのだ。
ケンウッドは食べながら会議の結果を尋ねた。
「どーってことなかった。」
とパーシバル。
「10年後の進路を母胎にいる段階から決めることはない、とリプリーが言うので、お開きになったのさ。」
「リプリーは10年もいるつもりはないんだろう。」
「ハイネだって今から子供達の将来を決めるつもりはなさそうだ。」
ハイネは生まれる前から遺伝子管理局長になると決められてしまっていた。本当は何になりたかったんだろう、とケンウッドはふと思った。ドーマー達はドームの中にある職業に就く。ドームの外で成長していたら、もっと選択肢があったはずだ。
少年達のテーブルでドッと笑い声が起きたので、そちらを見ると、クロエル・ドーマーが何やらおちょけた顔をして一同を楽しませていた。ハイネさえ大笑いしている。
ヤマザキが呟いた。
「あの子は外に居たら、きっと芸能界で大成功していた口だなぁ・・・」
「やあ、ケン、調子は良くなったかい?」
ケンウッドが声を掛けると、ヤマザキが顔を上げた。彼もお粥のボウルを前に置いていた。
「ああ、ケンさん、なんとか生還したよ。」
「君は平気そうだな、ニコ。」
パーシバルが笑いながら言った。この男は飲んだふりをしてあまり飲んでいなかった。雰囲気で酔える人間なのだ。
「なんとかね・・・彼には負けるが・・・」
ケンウッドはレジで訓練生達とたわむれているハイネ局長を顎で指した。そちらに視線をやったパーシバルが目を輝かせた。
「おっ! クロエルちゃんがいるじゃないか!」
「どれが噂のクロエル?」
ヤマザキは養育棟の担当ではないので少年達とあまり接点がなかった。クロエル・ドーマーの名前と評判は聞いたことがあるが顔は馴染みがなかったのだ。パーシバルがフォークで指した。
「ほら、ハイネの左にいるアフリカ系の南米人。」
「へぇ・・・でかいなぁ・・・」
「でも顔はめっちゃ可愛らしいだろ?」
「うん。美男子なんだろうけど、可愛らしいと言う言葉がぴったりだな。」
ケンウッドはふと思いついて尋ねた。
「ヘンリー、クロエルのファンクラブも作るのかい?」
「いや。」
パーシバルが即座に否定した。
「作ってやると言ったら、あの子は『めんどくせぇ』って言ったんだ。ポールみたいに取り巻きを連れて食事をしたりジムで運動するのは、御免なんだろう。」
「だけどファンはいるだろ?」
「うん。多分、訓練所を卒業したら人数が増えると思う。かなり面白いヤツだし、性格が良いから。」
それでケンウッドはハイネがクロエルに柔術の試合を申し込んだ話を語った。ハイネ本人は訓練生に捕まって別のテーブルに行ってしまったので、遠慮なく話せた。
ヤマザキが感想を述べた。
「要するに、ハイネは若造に教訓を与えたいが為に、試合をした訳だな?」
「どうだろ? チーズが絡んでいるとしたら、ただの3年越しの恨みを晴らしただけかも知れない。」
とパーシバル。
「それにしても、その試合を見たかったなぁ。僕はハイネが闘っているところを見たことがないんだ。ジムに居る時の彼は大概独りだからなぁ。殆ど単独演武だから舞を見ているようなもんだ。」
「しかし、組み合って動かない時間が長かったし、勝敗は一瞬で決まったから、見ていて楽しいかどうか・・・」
「クロエルも動かなかったのか?」
「彼は動きたくても動けなかった。ハイネにしっかり組み付かれて焦っていたのはわかったが・・・」
2人の会話を聞いたヤマザキが訓練生達のテーブルを見た。クロエルは離れた場所から見てもでかい。ヤマザキは呟いた。
「よくあんなでかいのを倒せたなぁ・・・後で熱を出さなきゃ良いけど・・・」
ケンウッドはその言葉を聞き逃さなかった。
「彼は完治したんだろ?」
「完治はしたけど、彼の肺は昔ほど元気じゃなくなっているはずだ。黴に痛めつけられた後で洗浄されたからね。薬も大量に投与されたから、若い頃と比べればかなり弱っている。だから完治宣言の翌日、彼がジョギングをすると言うので僕も伴走したんだ。」
「ああ、君が置き去りにされた、あの朝だな。」
「・・・まぁ、ジョギング程度なら平気だろうけど、用心するに越したことはない。無茶はさせないでくれよ。」
ハイネの主治医は局長が82歳だと言うことを常に念頭に置いている。ハイネが40代の肉体を保持していても、ヤマザキの目には1人の年配者にしか見えないのだ。
ケンウッドは食べながら会議の結果を尋ねた。
「どーってことなかった。」
とパーシバル。
「10年後の進路を母胎にいる段階から決めることはない、とリプリーが言うので、お開きになったのさ。」
「リプリーは10年もいるつもりはないんだろう。」
「ハイネだって今から子供達の将来を決めるつもりはなさそうだ。」
ハイネは生まれる前から遺伝子管理局長になると決められてしまっていた。本当は何になりたかったんだろう、とケンウッドはふと思った。ドーマー達はドームの中にある職業に就く。ドームの外で成長していたら、もっと選択肢があったはずだ。
少年達のテーブルでドッと笑い声が起きたので、そちらを見ると、クロエル・ドーマーが何やらおちょけた顔をして一同を楽しませていた。ハイネさえ大笑いしている。
ヤマザキが呟いた。
「あの子は外に居たら、きっと芸能界で大成功していた口だなぁ・・・」