ケンウッドとリプリーは遺伝子管理局に出かけた。研究着を脱いでスーツ姿だ。後ろにそれぞれの秘書を従え、秘書もスーツを着ている。彼等が中央研究所から外に出ると、ドーマー達が足を止めて見送った。
新しい長官と副長官だ。
どっちが長官?
前を行く方だろう?
ケンウッド博士は知ってる。新長官は誰だっけ?
顔は知ってる。名前が思い浮かばない。
リプリーは「世間」の評判を全く意に介さない。目が合った相手にだけ軽く会釈するだけだ。ケンウッドは出来るだけ彼より目立たない様に務めた。それでも知名度が高いので声を掛ける人が多い。
遺伝子管理局に到着すると、受付でロッシーニ・ドーマーが新長官と新副長官が局長に面会に来たと告げた。受付のドーマーが「伺っております」と言って、局長室に連絡を入れた。いつもくだけた雰囲気の人間が改まった口調で話すのがケンウッドには可笑しく思えた。
リプリーが緊張しているのが後ろに居てもわかった。リプリーは着任した時に挨拶に来たきりで、遺伝子管理局を訪問するのはこれが2度目だ。彼はリンよりアメリカ・ドーム勤務が長く、一緒に働く遺伝子管理局長は実はハイネが2人目だった。しかしハイネの代になってからはここへ来たことがない。9年振りだった。局長室までは迷わずに来られた。ドアの前で立ち止まり、リプリーはケンウッドと秘書達を振り返った。
「もう引き返せないな。」
と彼が呟いた。ケンウッドは囁いた。
「毎日の挨拶と同様に肩の力を抜いて下さい。」
リプリーは黙って前に向き直ると、深呼吸してドアをノックした。ドアが開かれ、セルシウス・ドーマーが姿を現した。彼は軽く頭を下げて、一同を中へ案内した。
執務机の向こうにハイネ局長が、手前の左手にドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが、右手にはケンウッドが初めて見る、恐ろしく歳を取ったドーマーが座っていた。3人はコロニー人が入って来ると立ち上がって迎えた。老ドーマーは杖を突いていた。
ケンウッドは部屋の中央にあるはずの会議用テーブルがないことに気が付いた。テーブルは足許の床に収納されてしまっていた。リプリーは仕組みを承知していたので、そのまま部屋の中央を歩き、3人のドーマーの長老の前に立った。ケンウッドはその後ろに立ったのだが、ロッシーニ・ドーマーからリプリーの隣に立つようにと囁かれた。
リプリーがロッシーニ・ドーマーから教えられた通りに挨拶した。
「地球人類復活委員会から第24代アメリカ・ドーム長官を拝命したユリアン・リプリーだ。ドーム行政に全力を尽くすつもりでいる。以後よろしくお願いする。」
ケンウッドも挨拶した。
「同じく、副長官に任じられたニコラス・ケンウッドだ。リプリー長官を補佐し、アメリカ・ドームの使命を1日も早く達成出来る様に尽力する。協力をお願いする。」
もの凄くムズ痒く感じられた。
ハイネが黙って老ドーマーを見た。老ドーマーがか細い声で挨拶した。
「遺伝子管理局第15代局長を務めたランディ・マーカス・ドーマーです。今日は16代目が新しい長官と副長官が来ると言うので、ご挨拶をと思い、『黄昏の家』から這い出て来ました。」
「黄昏の家」とは、ドームでの全ての業務から引退して余生を過ごす老いたドーマー達が住む場所だ。ドーム本体から少し離れた場所に建てられた小さなドームだったとケンウッドは記憶している。ドームと「黄昏の家」は地下道で繋がっているので外気に触れずに往来出来るが、執政官が管理しているので現役のドーマーは立ち入らない。
ケンウッドはハイネより年上のドーマーを初めて見た。どんなに若くても92歳以上のはずだ。
リプリーがマーカス・ドーマーに「どうぞお掛け下さい」と声を掛けたので、老ドーマーはゆっくりと椅子に戻った。そしてハイネに頷いて見せた。ハイネがちょっと頭を下げて、コロニー人に向き直った。
「遺伝子管理局第16代局長ローガン・ハイネ・ドーマーです。よろしくお願いいたします。」
「ドーム維持班総代表エイブラハム・ワッツ・ドーマーです。何代目かは自分でもわかりません。」
ワッツ・ドーマーの挨拶にマーカス・ドーマーが笑った。
「おまえは23代目だよ、エイブ。」
「そうでしたか? もっと大勢前にいたような気がしました。」
「各班代表を数えれば100人は越えよう。」
局長第1秘書のペルラ・ドーマーが咳払いした。ハイネが何かを思い出して、執務机の前に出て来た。リプリーの正面に立って、
「この度の長官就任、おめでとうございます。」
と言った。リプリーもロッシーニ・ドーマーの小さな咳払いに気が付いて、片手を差し出した。
「有り難う。これからもよろしく頼む。」
素手で・・・リプリーは緊張度マックスになった。もし拒まれたら、と心拍数が跳ね上がった。ハイネが彼の手を掴んで揺すった。
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
強ばった微笑みを浮かべたリプリーの手を放し、ハイネは隣へ移動した。ケンウッドも手を差し出した。
「よろしく。」
「よろしくお願いいたします。」
互いの命を助け合った仲だが、正式な挨拶として握手をするのは初めての様な気がした。
ワッツ・ドーマーとも握手を交わし、マーカス・ドーマーは座ったままで、コロニー人の方から近づいて握手した。よく見ると、マーカス・ドーマーは車椅子だった。
「ローガン・ハイネ」
と老ドーマーが呼んだので、ハイネが彼のそばへ行った。15代目が16代目に命じた。
「新しい長官に局の中を案内して差し上げろ。」
「承知しました。」
ハイネがリプリーにどうぞこちらへ、と手招きした。ケンウッドもついて行きかけると、ペルラ・ドーマーが「長官だけです」と引き留めた。そしてハイネとペルラ・ドーマーはリプリー新長官と(局の中を知り尽くしている)秘書のロッシーニ・ドーマーを案内して局長室から出て行った。
新しい長官と副長官だ。
どっちが長官?
前を行く方だろう?
ケンウッド博士は知ってる。新長官は誰だっけ?
顔は知ってる。名前が思い浮かばない。
リプリーは「世間」の評判を全く意に介さない。目が合った相手にだけ軽く会釈するだけだ。ケンウッドは出来るだけ彼より目立たない様に務めた。それでも知名度が高いので声を掛ける人が多い。
遺伝子管理局に到着すると、受付でロッシーニ・ドーマーが新長官と新副長官が局長に面会に来たと告げた。受付のドーマーが「伺っております」と言って、局長室に連絡を入れた。いつもくだけた雰囲気の人間が改まった口調で話すのがケンウッドには可笑しく思えた。
リプリーが緊張しているのが後ろに居てもわかった。リプリーは着任した時に挨拶に来たきりで、遺伝子管理局を訪問するのはこれが2度目だ。彼はリンよりアメリカ・ドーム勤務が長く、一緒に働く遺伝子管理局長は実はハイネが2人目だった。しかしハイネの代になってからはここへ来たことがない。9年振りだった。局長室までは迷わずに来られた。ドアの前で立ち止まり、リプリーはケンウッドと秘書達を振り返った。
「もう引き返せないな。」
と彼が呟いた。ケンウッドは囁いた。
「毎日の挨拶と同様に肩の力を抜いて下さい。」
リプリーは黙って前に向き直ると、深呼吸してドアをノックした。ドアが開かれ、セルシウス・ドーマーが姿を現した。彼は軽く頭を下げて、一同を中へ案内した。
執務机の向こうにハイネ局長が、手前の左手にドーム維持班総代表のエイブラハム・ワッツ・ドーマーが、右手にはケンウッドが初めて見る、恐ろしく歳を取ったドーマーが座っていた。3人はコロニー人が入って来ると立ち上がって迎えた。老ドーマーは杖を突いていた。
ケンウッドは部屋の中央にあるはずの会議用テーブルがないことに気が付いた。テーブルは足許の床に収納されてしまっていた。リプリーは仕組みを承知していたので、そのまま部屋の中央を歩き、3人のドーマーの長老の前に立った。ケンウッドはその後ろに立ったのだが、ロッシーニ・ドーマーからリプリーの隣に立つようにと囁かれた。
リプリーがロッシーニ・ドーマーから教えられた通りに挨拶した。
「地球人類復活委員会から第24代アメリカ・ドーム長官を拝命したユリアン・リプリーだ。ドーム行政に全力を尽くすつもりでいる。以後よろしくお願いする。」
ケンウッドも挨拶した。
「同じく、副長官に任じられたニコラス・ケンウッドだ。リプリー長官を補佐し、アメリカ・ドームの使命を1日も早く達成出来る様に尽力する。協力をお願いする。」
もの凄くムズ痒く感じられた。
ハイネが黙って老ドーマーを見た。老ドーマーがか細い声で挨拶した。
「遺伝子管理局第15代局長を務めたランディ・マーカス・ドーマーです。今日は16代目が新しい長官と副長官が来ると言うので、ご挨拶をと思い、『黄昏の家』から這い出て来ました。」
「黄昏の家」とは、ドームでの全ての業務から引退して余生を過ごす老いたドーマー達が住む場所だ。ドーム本体から少し離れた場所に建てられた小さなドームだったとケンウッドは記憶している。ドームと「黄昏の家」は地下道で繋がっているので外気に触れずに往来出来るが、執政官が管理しているので現役のドーマーは立ち入らない。
ケンウッドはハイネより年上のドーマーを初めて見た。どんなに若くても92歳以上のはずだ。
リプリーがマーカス・ドーマーに「どうぞお掛け下さい」と声を掛けたので、老ドーマーはゆっくりと椅子に戻った。そしてハイネに頷いて見せた。ハイネがちょっと頭を下げて、コロニー人に向き直った。
「遺伝子管理局第16代局長ローガン・ハイネ・ドーマーです。よろしくお願いいたします。」
「ドーム維持班総代表エイブラハム・ワッツ・ドーマーです。何代目かは自分でもわかりません。」
ワッツ・ドーマーの挨拶にマーカス・ドーマーが笑った。
「おまえは23代目だよ、エイブ。」
「そうでしたか? もっと大勢前にいたような気がしました。」
「各班代表を数えれば100人は越えよう。」
局長第1秘書のペルラ・ドーマーが咳払いした。ハイネが何かを思い出して、執務机の前に出て来た。リプリーの正面に立って、
「この度の長官就任、おめでとうございます。」
と言った。リプリーもロッシーニ・ドーマーの小さな咳払いに気が付いて、片手を差し出した。
「有り難う。これからもよろしく頼む。」
素手で・・・リプリーは緊張度マックスになった。もし拒まれたら、と心拍数が跳ね上がった。ハイネが彼の手を掴んで揺すった。
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
強ばった微笑みを浮かべたリプリーの手を放し、ハイネは隣へ移動した。ケンウッドも手を差し出した。
「よろしく。」
「よろしくお願いいたします。」
互いの命を助け合った仲だが、正式な挨拶として握手をするのは初めての様な気がした。
ワッツ・ドーマーとも握手を交わし、マーカス・ドーマーは座ったままで、コロニー人の方から近づいて握手した。よく見ると、マーカス・ドーマーは車椅子だった。
「ローガン・ハイネ」
と老ドーマーが呼んだので、ハイネが彼のそばへ行った。15代目が16代目に命じた。
「新しい長官に局の中を案内して差し上げろ。」
「承知しました。」
ハイネがリプリーにどうぞこちらへ、と手招きした。ケンウッドもついて行きかけると、ペルラ・ドーマーが「長官だけです」と引き留めた。そしてハイネとペルラ・ドーマーはリプリー新長官と(局の中を知り尽くしている)秘書のロッシーニ・ドーマーを案内して局長室から出て行った。