2018年5月3日木曜日

泥酔者 11 - 7

 ネピア・ドーマーは堅物で通っている。その生真面目さは、上司のハイネ局長でさえ時々うんざりしてしまう程だ。ブラコフは断られるのを覚悟で当たってみたのだ。すると意外にもネピアはちょっと間を置いただけで、こう答えた。

「ウユニ塩湖は昔から人気観光スポットですから、設備の整ったリゾートホテルがございます。観光客用の空港もありますから、専用ジェット機で行かれるのでしたら容易でございます。 1時間待って頂けましたら、資料をそちらへ送りましょう。」
「本当ですか!」

 ブラコフは思わず歓喜の声を上げ、秘書机にいた彼の秘書と後継者候補が驚いて彼を見た。電話の向こうでネピアも笑った。

「視察団のお守りは大変でございましょう。現地の元ドーマー達にも声をかけておきます。富豪達は護衛を同伴するでしょうが、宇宙の人々ですからね、高山病などの対策など考えていない筈です。そっと隠れて護衛するように頼んでおきます。」
「有り難う、ネピア・ドーマー、恩にきるよ!!」
「どういたしまして。私を思い出していただいて有り難うございます。ご健闘を祈ります。」

 通話を終えて、ブラコフは脱力した。こんなに簡単にことが運ぶとは思わなかった。堅物のネピア・ドーマーが、テロで負傷したブラコフが大怪我を克服して再び副長官としてドーム行政に心血注いできたことを高く評価しているなどと、夢にも思わなかった。同時に、尊敬する局長が息子か孫の様に可愛がっているコロニー人に頼られたことを、ネピアが心から喜んでいることも想像すらしなかった。
 約束どおりネピア・ドーマーは1時間程してアンデスの観光地の資料を送ってきた。宿泊施設、食事を取れる場所、緊急時の病院や現地警察の連絡方法もあった。現地の人間と接触する場合のマナーや注意事項、見学できる市民生活の場所、さらに万が一の連絡先として遺伝子管理局アンデス出張所の場所と所長の電話番号も書かれていた。
 一番最後に書かれていた文が、ブラコフの心を打った。

ーーおもてなしに心を砕かれるのも大事ですが、貴方ご自身の身の安全も十分に考慮されますように。

 ブラコフは思った。うちのドーマー達はなんて愛情深い人達なのだろう、と。そして後継者候補を振り返った。候補は既にデスクワークに取り組んでいた。
 彼はこのネピア・ドーマーの心遣いを理解出来るだろうか。いや、こんな温かい言葉をあの堅物のドーマーに語らせる程、あの男はドームに尽くしてくれるだろうか。
 人は成長するものだ。今判断するべきではない、とブラコフは思った。彼だって昔は何も出来ないペーペーだったのだから。