2018年5月8日火曜日

泥酔者 13 - 9

「クロワゼット大尉は体調が悪いのかね?」

 ケンウッドが心配そうにゲストハウスの方向を見た。勿論食堂から、中央でも一般でもどっちの食堂からも、ゲストハウスそのものは見えないのだが。
 夕食時間になっても軍人が現れないので、長官として心配するのは当たり前だ。ヘンリー・パーシバルも守役として気になった。

「電話してみようか?」

 端末を出しかけると、ハイネ局長が平然と言った。

「大丈夫ですよ。 ドリームドロップをグラス1杯飲まれてお休みになられているだけですから。」

 ケンウッドとパーシバルは思わず遺伝子管理局長の顔を見た。ドリームドロップは精神安定剤だ。主に興奮状態に陥ったドーマーや執政官を鎮める目的で甘いシロップに混ぜて飲ませる内服薬で、無味無臭だが効果は強い。服用は本人次第で、食堂や図書館ロビー、ジムの休憩スペースで注文出来る。食堂のレジの支払いは、各人の摂取する食物の栄養を記録する役目があるのだが、ドリームドロップ等の自由摂取を認められている薬品の個人の分量計算もしてくれる。ゲストにはビジターパスにその人の体質や体重のデータが入っているので、危険のない分量が処方されるのだ。
 クロワゼット大尉はどこでドリームドロップを服用したのだろう?

「大尉は精神安定剤を必要とされたのか?」

 ケンウッドが気遣って尋ねた。パーシバルは心当たりがあるので、笑いそうになって我慢した。ハイネに説明を任せたのだ。ハイネは少しも悪びれずに答えた。

「大尉が必要とされたのではなく、大尉が服用されるのを我々が必要としたのです。」

 ケンウッドは一瞬キョトンとした。遺伝子管理局長の言葉の意味がすぐには理解出来なかったのだ。

「ええっと・・・それは君が彼に飲ませたと言うことか?」
「私は彼に飲ませた覚えはありません。」

 ハイネは澄まし顔で言った。

「彼が食堂の無料ドリンクを希望された時、係が注いだ飲み物の中にたまたま精神安定剤が入っていたのでしょう。」
「そんなことが・・・」

 ケンウッドはパーシバルがおかしな顔をしているのに気が付いた。パーシバルは笑いを堪えていた。何か知っているな、とケンウッドが目で問いかけると、彼は仕方なくハイネの言葉の足りない部分を説明した。

「クロワゼット大尉がドーマーの体に触りたがっている雰囲気だったので、ドーマー達が自主的に予防線を張ったんだよ・・・そう言うことだな、ハイネ?」

 ハイネは肯定も否定もせずに、微笑みながらワイン風味の葡萄ジュースを長官とパーシバルのグラスに注いだ。