2018年5月25日金曜日

泥酔者 16 - 5

 レイモンド・ハリスが支局長職を引き受けたと、ネピア・ドーマーから連絡が入った。ネピアはこれからハリスに業務内容の説明をすると言う。ハイネ局長は第1秘書に「よろしく頼む」と言って通話を切った。そして執務机を挟んで向かい側に座っているポール・レイン・ドーマーに指示を出した。

「レイモンド・ハリスが中西部支局長の職を引き受けた。これから最短で5年、君と仕事をして行くことになる。コロニー人だから、世間知らずでは私と良い勝負かも知れない。」

 レインはお愛想笑いをして見せた。ハリスはコロニー社会では世間を知っている筈だ。しかし、常識があるのは局長の方に決まっている。

「ハリス博士は世間知らずではなく、意志が弱く、常識がないのです。」

と彼は言った。

「それに局長を世間知らずと思う人はいません。局長は人間の心の裏表を俺達なんかよりずっと理解しておられます。」

 ハイネは肩を竦めただけで、その言葉にコメントを返さなかった。キーボードの上で軽やかに指を動かし、レインの端末がメッセージを受信した通知のメロディを奏でた。レインは上司の前でそれを見ようとしない。失礼になると思ったからだ。ハイネが言った。

「君がチーフに就任してから最初の支局長就任者だ。現地での指導を君にやってもらうことになる。ハリスに与える注意事項をメッセで送っておいた。航空機内で目を通しておくように。」
「了解しました。」
「現地の地域的特性は君達局員が一番よく知っている。コロニー人が地球の表面で暮らす際の注意だ。私やネピアでは知識が足りない。ネピアは引退して10年以上経つし、彼は南米班出身だからな。それから・・・」

 ハイネはレインの顔を見た。

「彼を博士と呼ぶ必要はない。支局長は君の上役になるが、上司ではないし、ハリスはもう研究者でもない。支局長の業務をこなす臨時職員だ。彼が規律を守らなければ、君が遠慮なく叱ってやれ。」
「わかりました。」

 レインは今迄セイヤーズ捜索の空白地帯だった中西部の山岳地帯へ行く拠点に中西部支局を利用するつもりだ。引退する支局長は倹約家だったので、ヘリコプターの使用は自由にならなかったが、これからは好きなだけ使ってやろう。衛星データ分析官もアメリカの生活に慣れて来ているので、外回りに連れて行くつもりだった。

「明朝は何時に出るのか?」
「午前8時の一番機に搭乗予定です。」
「では、ハリスもそれに乗せるよう、長官に進言しておく。取り立て屋と接触しないよう、十分気をつけてくれ。」
「心得ています。出動する局員で彼を取り巻いておきますよ。」