2018年5月16日水曜日

泥酔者 15 - 2

「初めまして、ハイネ局長!」

 ロバータ・ベルトリッチ委員長が満面の笑みを浮かべて挨拶した。西ユーラシア・ドームで勤務していた頃に数回画像通信で話したことがあったが、委員長として月と地球の間で話すのは初めてだ。それに以前話した時は、彼女はロベルトだった。ハイネはこんにちはと言った。ベルトリッチが周囲をさっと見回してから、カメラに向き直って小声で尋ねた。

「新婚生活は如何です?」

 ハイネが色白の頬をうっすらと桜色に染めて、

「お蔭様で、楽しく暮らしています。」

と答えた。ベルトリッチは頷いてから、本題に戻った。

「地球人保護法違反の男は保釈されても地球から最低半年は出られません。その間の生活費の問題がありますから、雇主にすれば彼を拘置所から出すより閉じ込めておいた方が金銭的に得です。」
「理解しました。」

 ハイネも頷いた。

「では、保安員に訴えを取り下げないようアドバイスしておきます。」

 ベルトリッチはケンウッドに目を向けた。

「ええッと・・・ハリス博士の借金返済の問題でしたね。」
「2年分の給与全額注ぎ込んでも、利子が残る額です。」
「高利貸しはハリスを捕まえたら、借金返済の代わりに彼を辺境開拓団に売り飛ばすでしょう。」

 ハイネがびっくりして彼女に尋ねた。

「あの博士を売り飛ばすと金になるのですか?」

 ベルトリッチとケンウッドが顔を見合わせた。ハイネが何を想像したのか知らないが、2人は妙に可笑しく思えて笑ってしまった。ケンウッドがハイネに説明した。

「辺境の開拓地に行きたがる医者はいない。だから、ハリスの様に医師免許を持っている人間が借金返済の代わりに辺境に送られてタダ働きさせられるんだよ。女性だったら性の奴隷にされる恐れがあるが、男は力仕事か専門知識を利用したタダ働きさ。」

 するとハイネが言った。

「委員長の通信が入る前に話していた件ですが・・・」

 ケンウッドは額を掌でぴしゃりと打った。

「ああ、そっちも問題だったな・・・」
「そうではなくて・・・」

 ハイネがベルトリッチを振り返った。

「委員長、遺伝子管理局の仕事にコロニー人を使ってもよろしいですか?」