2018年5月6日日曜日

泥酔者 13 - 1

 視察団一行は朝食後ガブリエル・ブラコフに引率されて南米に向けて出発した。送迎フロアで彼等を見送ったケンウッド長官は、ひとまず肩の荷が下りた思いだった。出資者様達は明日の午後に戻ってくると、そのままシャトルに乗り換えて宇宙へお帰りになる。
 ただ1人ドームに残ったアンリ・クロワゼット大尉は午前中保安課の訓練施設で一緒に訓練に参加した。重力強化訓練を受けていると言うのは嘘ではなく、地球人と同列で運動しているとベックマンから報告があった。

「大尉は確かロアルド・ゴメス少佐の元部下でしたね。」

 アーノルド・ベックマン保安課長は、2年後に退官する予定になっている。彼自身はドームでの仕事が気に入っていたが、そろそろ重力の弊害が肉体に出始めていた。トレーニングをサボらずに努力していたが、若い頃に生活していた辺境の惑星の環境が彼の体を地球のそれとは余り馴染めないものにしてしまっていたのだ。それにベックマンは木星コロニー出身の女性と恋愛をしていた。初めての恋だった。ケンウッドもヤマザキも彼の才能を惜しみつつ、結婚へと背中を押してやったのだ。
 それで、地球人類復活委員会はベックマンの後任を募集した。大勢の応募があったが、その中でベックマンと意気投合した元軍人がいた。宇宙連邦軍特殊部隊で指揮官をしていたロアルド・ゴメスと言う退役軍人だ。ゴメスは不慮の事故で負傷し、軍務を続けることが難しくなったので自ら退役した。そして入院中に地球の映画を見て、地球勤務を希望したのだ。ベックマンは彼が地球の重力に体を慣らすのを待って退官する予定だ。

「ゴメス少佐の部隊にいたのなら、きっと優秀な男なのだろう。」

 そんな男が何故広報にいるのだろう、とケンウッドは疑問に思ったが、口には出さなかった。
 ヘンリー・パーシバルは医療区で年老いたドーマー達と再会を果たした。グレゴリー・ペルラ・ドーマーは背中のマッサージを受けに来るよう医療区から連絡をもらい、前回からまだ8日しか経っていないのに、と思いつつやって来た。そしてマッサージ室でパーシバルと出会って歓喜した。

「生きている間にまた博士にお会い出来るなんて、奇跡ですよ!」

 エイブラハム・ワッツもジョージ・マイルズも健康診断だと呼ばれてやって来た。

「なんで嘘をつくかな、医療区長は・・・」

 笑顔でワッツがヤマザキに苦情を申し立てた。

「穴蔵から這い出てこいと一言仰れば済むものを。」
「驚かせたかったんだよ。エイブ。人生に刺激は必要だ。」

 パーシバルはすっかり小さくなった元司厨長の手を取った。

「司厨長、僕がわかるかい?」
「チーズでローガン・ハイネを手懐けている博士でしょう?」

 一日の半分は眠っている元司厨長が久しぶりに目を輝かせて彼を見つめた。

「予約を入れて下されば、チーズスフレを作りましたものを。」

 パーシバルは微笑んで彼を抱き締めた。その後も彼はアメリカ・ドームに回診に訪れたが、元司厨長との面会はこの時が最後になった。