2018年5月11日金曜日

泥酔者 14 - 4

 ローガン・ハイネとアイダ・サヤカは一瞬ギクリとした。彼等が結婚したことは秘密だ。もし公になれば、彼女が地球人保護法違反に問われ、地球退去になってしまう恐れがあった。しかしハイネは平静を装い、アイダもポーカーフェイスで愛想よくフォーリー・ドーマーを迎えた。ハイネが尋ねた。

「おはよう。どちらに用事だ?」
「アイダ博士に・・・」

 フォーリーは椅子に座るとアイダ博士に低い声で囁いた。

「出産管理区のお買い物の件で・・・」
「お買い物?」

 アイダはキョトンとした。内務捜査班が興味を持つような買い物をした覚えがなかった。購入するのは地球人の女性達が必要とする備品や食糧の類だ。月々の決算はきちんと長官に報告している。疚しいことは何もしていない。
 フォーリーが説明した。

「4日前にワインを3ダースも購入されましたね?」
「ああ・・・あれね。」

 あっさり認めたので、フォーリーは追求する愉しみを失った。一方アイダの方は思い出した。

「副区長のシンディ・ランバートが担当した女性が、ワイナリーの主婦でした。彼女と夫はドームの手厚い世話で無事に跡取りができたと大喜びしましたの。それで礼のつもりで自家製ワインを送ってきたのですけど、私達は公務員も同然です。少額の小物程度の贈り物なら受け取ることもありますが、3ダースものワインの様な高額なものは頂けません。ランバートがそう伝えると、先方はそれなら数ドルで良いから購入と言う形で受け取って欲しいと言って引き下がらなかったのです。仕方なく出産管理区で彼等と交渉して定価の8割で購入することで決着しました。
 出産管理区では酒類は不要の品ですから、厨房班が同額で買い取ってくれました。恐らくバーで出すお酒に加えられると思います。」

 スラスラとアイダが事情を説明したので、フォーリーは口を挟めなかった。ハイネを見て、目で尋ねた。この説明を信じるべきかと。ハイネは真実を知っていた。厨房班がブラコフの送別会を想定して庶務班に酒類の購入を依頼したのだが、その話を偶々耳にしたランバート博士が、出産管理区で収容中の女性の中にワイナリー経営者の妻がいることを思い出し、格安で購入する案を思いついたのだ。ワインは贈答品ではなく、ドーム関係者、執政官とドーマーの連携で値切って買った正規の買い物だった。
 基本的にドームはアルコール類禁止である。バーと細やかなパーティで出す少量の酒のみが許可されている。大っぴらに買える品物ではないのだ。だから内務捜査班は大量のワイン購入の真相を探ろうとして、アイダはそれを誤魔化した。ハイネは見て見ぬ振りをした。

「わかりました。個人的なお愉しみの目的で購入されたのではないと言うことですね。では執政官の皆さんが気晴らしにそのワインを楽しんで下さいますよう・・・」

 フォーリーは軽く頭を下げ、席を発った。アイダ・サヤカは笑顔で彼を見送り、その笑顔のままハイネを振り返った。ローガン・ハイネ・ドーマーは妻の演技力に感服して声を立てずに笑っていた。

「真相を語ってもフォーリーには何も出来なかった筈です。」
「でも立場を利用して安い買い物をしたのは事実ですから、フォーリー・ドーマーに質問されたらランバートは気まずい思いをしたかも知れません。」
「厨房班にも、執政官を窮地に追い込む恐れのある無理な頼みごとをするなと注意しておきます。」