アンリ・クロワゼット大尉はむしゃくしゃした気分のまま中央研究所の食堂へ行った。アルコールが欲しかったが、ドームではバーでしか飲酒を認めておらず、それも午後8時以降と決まっていた。まだ夕方にもなっていない。彼は何か気を紛らわすものはないかと食堂内を見回し、マジックミラーの手前のテーブルに若い女性が2人座っているのを見つけた。彼女達は彼に気づかず、ミラーの向こう側の地球人の女達を見ているのだった。
横顔が綺麗だ、と彼は思った。話しかけてみようと歩き出すと、呼び止められた。
「あの女性達に声を掛けても無駄ですよ。」
振り返ると、頭髪の寂しい中年の男が立っていた。薬品の匂いが微かに感じられたので、研究所の人間だとわかった。
「何故無駄なんです?」
相手が年長だと思えたので、クロワゼットは丁寧に尋ねた。男は女性達の間にあるテーブルを指差した。
「書類とタブレットを持っているでしょう? 彼女達は出産管理区の医師ですよ。ああやって鏡越しに出産管理区の妊産婦の様子を観察しているんです。勤務中だから、話しかけても相手になってくれません。」
「へぇ・・・そうなのか。」
普段のクロワゼットなら素直に医師達の邪魔をしないでおこうと思っただろうが、この時は気が立っていたので、意地悪な気分になっていた。
「邪魔するとどうなるのかな? まさか僕が話しかけたせいで地球人が絶滅したりはしないだろう?」
中年男がニヤニヤと笑った。品がないな、とクロワゼットは思った。男は研究所の中にいる時は研究着を着用しているのだろう。しかし食堂にいる彼はくたびれたセーターにヨレヨレのパンツ姿だった。それもだらしなく着崩している。
男が左側の女性を指差した。
「彼女はドーマーです。ドーマーの医者なんです。うっかり話しかけて、肩でも触れたら、すぐに地球人保護法を振りかざして貴方のキャリアを滅茶苦茶にしてくれますよ。」
「ほう・・・」
「片方はコロニー人の医者です。若いが、かなりきついネエちゃんでね、彼女をからかった執政官がビンタを食らうのを見たことがあります。だから、話しかけない方が良いです。触らぬ神に祟りなしってね。」
彼はクロワゼットに向き直った。無礼にも顔をぐいと近づけてきた。
「カード遊びはお好きですか?」
クロワゼットはムッとした。いいカモだと思われたのか?
「いや、博打はやらない。」
「そうですか・・・残念ですな。」
男はそんなに残念でもなさそうな声で言った。
「メンバーが少なくて、刺激が欲しかったのですが・・・軍人さんでも遊びは好きだと思ったんですけどね。」
「娯楽としてのカード遊びはするが、博打はやらない。」
それはかつての上官ロアルド・ゴメス少佐の方針でもあった。博打と深酒と商売女(男)には手を出すなと言う方針だ。
「残念だ・・・本当に残念だ・・・」
男はさよならも言わずに食堂から歩き去った。
クロワゼット大尉は女性に声をかける気力もなくなり、配膳コーナーで無料のドリンクをもらった。ドリンクは厨房班のドーマーが容器からグラスに注いで直接手渡してくれた。クロワゼットはそれを飲みながらマジックミラーの壁に近づいて行ったが、その時2人の女性医師はテーブルの上を片付け、席を立った。さっさと食堂から出て行く彼女達を見送っていると、クロワゼットに急に眠気が襲ってきた。彼はグラスを返却して食堂から出た。どんどん眠くなる。
睡眠薬でも盛られたか?
ふとそんな疑いが胸を掠めたが、彼は気力でゲストハウス迄歩いた。足が重くなり、ゲストハウスのロビーに入った途端に世界が揺れた。彼はなんとかロビーに置かれたソファに身を預け、そのままそこで眠りに落ちた。
保安課の監視カメラに客人が食堂からなんとかゲストハウスに辿り着き、睡魔に襲われる様子が一部始終写っていた。監視室の保安要員が遺伝子管理局長に電話を掛けた。
「仕留めました。晩飯も食わずに明日の明け方迄眠りこけますよ。」
横顔が綺麗だ、と彼は思った。話しかけてみようと歩き出すと、呼び止められた。
「あの女性達に声を掛けても無駄ですよ。」
振り返ると、頭髪の寂しい中年の男が立っていた。薬品の匂いが微かに感じられたので、研究所の人間だとわかった。
「何故無駄なんです?」
相手が年長だと思えたので、クロワゼットは丁寧に尋ねた。男は女性達の間にあるテーブルを指差した。
「書類とタブレットを持っているでしょう? 彼女達は出産管理区の医師ですよ。ああやって鏡越しに出産管理区の妊産婦の様子を観察しているんです。勤務中だから、話しかけても相手になってくれません。」
「へぇ・・・そうなのか。」
普段のクロワゼットなら素直に医師達の邪魔をしないでおこうと思っただろうが、この時は気が立っていたので、意地悪な気分になっていた。
「邪魔するとどうなるのかな? まさか僕が話しかけたせいで地球人が絶滅したりはしないだろう?」
中年男がニヤニヤと笑った。品がないな、とクロワゼットは思った。男は研究所の中にいる時は研究着を着用しているのだろう。しかし食堂にいる彼はくたびれたセーターにヨレヨレのパンツ姿だった。それもだらしなく着崩している。
男が左側の女性を指差した。
「彼女はドーマーです。ドーマーの医者なんです。うっかり話しかけて、肩でも触れたら、すぐに地球人保護法を振りかざして貴方のキャリアを滅茶苦茶にしてくれますよ。」
「ほう・・・」
「片方はコロニー人の医者です。若いが、かなりきついネエちゃんでね、彼女をからかった執政官がビンタを食らうのを見たことがあります。だから、話しかけない方が良いです。触らぬ神に祟りなしってね。」
彼はクロワゼットに向き直った。無礼にも顔をぐいと近づけてきた。
「カード遊びはお好きですか?」
クロワゼットはムッとした。いいカモだと思われたのか?
「いや、博打はやらない。」
「そうですか・・・残念ですな。」
男はそんなに残念でもなさそうな声で言った。
「メンバーが少なくて、刺激が欲しかったのですが・・・軍人さんでも遊びは好きだと思ったんですけどね。」
「娯楽としてのカード遊びはするが、博打はやらない。」
それはかつての上官ロアルド・ゴメス少佐の方針でもあった。博打と深酒と商売女(男)には手を出すなと言う方針だ。
「残念だ・・・本当に残念だ・・・」
男はさよならも言わずに食堂から歩き去った。
クロワゼット大尉は女性に声をかける気力もなくなり、配膳コーナーで無料のドリンクをもらった。ドリンクは厨房班のドーマーが容器からグラスに注いで直接手渡してくれた。クロワゼットはそれを飲みながらマジックミラーの壁に近づいて行ったが、その時2人の女性医師はテーブルの上を片付け、席を立った。さっさと食堂から出て行く彼女達を見送っていると、クロワゼットに急に眠気が襲ってきた。彼はグラスを返却して食堂から出た。どんどん眠くなる。
睡眠薬でも盛られたか?
ふとそんな疑いが胸を掠めたが、彼は気力でゲストハウス迄歩いた。足が重くなり、ゲストハウスのロビーに入った途端に世界が揺れた。彼はなんとかロビーに置かれたソファに身を預け、そのままそこで眠りに落ちた。
保安課の監視カメラに客人が食堂からなんとかゲストハウスに辿り着き、睡魔に襲われる様子が一部始終写っていた。監視室の保安要員が遺伝子管理局長に電話を掛けた。
「仕留めました。晩飯も食わずに明日の明け方迄眠りこけますよ。」