2018年5月22日火曜日

泥酔者 16 - 1

 執政官会議で罷免を言い渡された時、レイモンド・ハリスは冷静にそれを受け止めた。取り乱したり、言い訳したり、みっともない態度を取るだろうと予想していた何人かの執政官達はちょっとがっかりしたようだ。ケンウッドはジェフリー・B・B・ダルフーム博士が薄笑いを浮かべるのを目撃した。ハリスの経歴詐称を発見してケンウッドに告げた研究者だ。ドームの秩序をかき乱すハリスを忌み嫌っていた。ケンウッドはふと思った。執行部に今回の空港乱闘騒ぎを通報したのはダルフームではないかと。
 ケンウッド自身もサンテシマ・ルイス・リンの素行の悪さを執行部に通報した経験がある。あの時は本当にドーマー達を守りたい一心で行った。同じくリンの横暴を通報した先代長官ユリアン・リプリーは、秩序を乱す者を許せなかった。
 執行部はケンウッドの通報は無視に近い扱いをして、リプリーの訴えを取り上げた。しかし本当に動いたのは、ケンウッドがダリル・セイヤーズ・ドーマーの逃亡を通報した時だ。あれは地球の安全を脅かす恐れがあったからだ。もっともケンウッドはそれをハイネ局長から指摘される迄知らなかった。
 ハリス自身は秩序を乱す意図などなかっただろう。しかし彼の意志の弱さが騒動を引き起こした。地球と言う人類の母星の運命がかかっている場所で、酒と博打と借金と言うくだらない原因で騒ぎを起こした。執行部はそれが気に入らなかった。
 ハリスを弁護する者はいなかった。彼がドームに来て間もなしに意気投合していた連中は、先のバーでの乱闘騒ぎで謹慎処分を受け、彼から離れて行った。レイモンド・ハリスは孤独だったのだ。だからドームの外で、居酒屋で、誰も彼を知らない場所で、酒に呑まれた。

「地球人類復活委員会会則、及び 宇宙連邦法により、貴殿は本日午前8時35分に失職した。これより24時間以内に地球から退去されることを勧告する。」

 ケンウッドが罷免する執政官に告げるおきまりの言葉を述べると、ハリスは軽く頭を下げて承諾した。
 ケンウッドは一呼吸置いてから、言った。

「貴方の今後について執行部からある提案があった。会議の後で長官執務室に来て欲しい。重要な話なので、必ず顔を出してくれ。」

 ハリスはそれも素直に承知した、もしかすると頭が真っ白で何も考えていないのかも知れない。
 ハリスは執政官達の冷たい視線を浴びながら議場を出て行った。ケンウッドはホッと一息ついた。隣の席で、ガブリエル・ブラコフが小さな咳払いをした。まだ要件が残っている。副長官後任が決まったのだ。それを執政官達に公表しなければならなかった。