2018年5月15日火曜日

泥酔者 14 - 10

 アーノルド・ベックマン保安課長がドームに帰って来たのは2時間後の午後8時を廻った頃だった。保安員とレイモンド・ハリスも一緒だった。出迎えた航空班班長がハリスを引き継ぎ、保安員は再び外の寮に戻って行った。彼がドームのアパートに帰るのは休日だけだ。航空班班長はケンウッドに指示されていた通りにハリスを医療区に連れて行った。ハリスはまだ完全に酔いが醒めたのではなかったので、ヤマザキが彼を入院棟の部屋に入れた。ハリスは着替えもせずにベッドにごろりと横になってそのまま鼾をかき始めた。
 ベックマンは長官執務室で警察の事情聴取の様子を語った。シティ警察はハリスと取り立て屋の関係を知りたがった。ベックマンはハリスの私生活を知らなかったので、ただ酔っ払って動けない遺伝子学者を長官の要請で迎えに来たこと、長官も偶然空港職員に声を掛けられて酔っ払いの世話をする羽目に陥ったことを語った。

「ハリス博士が酒と博打で火星にいられなくなったと噂で聞いたが詳細は誰も知らない、と言っておきました。警察がどこまでも信用してくれるか、見当がつきませんが・・・」
「取り立て屋も事情聴取を受けているのだろう?」
「はい。あちらは地球人保護法違反がありますから、かなり詳細に聞かれているようです。それにアフリカや西ユーラシアにも出没していたらしく、不審なコロニー人として国際的に注意喚起対象人物になっていた様です。」
「こちらには何の落ち度もない筈だ。私とブラコフも明日出頭する。貴方にはとんだとばっちりでした。お疲れ様でした。」

 ケンウッドの労いにベックマンは微笑んで頷いた。部屋を出かけてふと足を止めた。

「今日来られた女性博士ですが・・・ブラコフ副長官の後任の方ですね?」
「まだ決まった訳ではないが・・・ガブリエルはさっきの一件で彼女が気に入った様だ。」
「私も気に入りましたよ。取り立て屋と言えばヤクザも同然ですからね、そこへ割り込んで保安員に手を貸したり、酔っ払いに注射を打つなんて、男でも躊躇する場面であの行動力です、大した人です。」
「副長官より長官にふさわしいと思わないかね?」
「ご冗談を・・・」

 ベックマンがニヤリと笑った。

「そんなことを言って重責から逃げようと企んでいらっしゃるのですな?」
「逃げ出したいよ、本当に・・・」

 ケンウッドも苦笑した。

「女の子を誕生させる目処も立たないのに、次から次へと問題が発生する。」
「それが人生ってものですよ、長官。」

 ベックマンが片目を瞑って「おやすみなさい」と言い、ドアを開いた。