2018年5月20日日曜日

泥酔者 15 - 8

 ケンウッドはくたびれ果てていた。レイモンド・ハリスに地球の業務を任せる承認をドーマー幹部達から取り付けたものの、明日は当のハリスにそのドーマー達の「厚意」を受け入れることを強いらねばならない。ハリスに拒否する権利はないのだ。
 班長達は会議が終わるとそれぞれのアパートや職場に戻って行った。数名は残って食堂の冷たい飲み物を味わいながら何か喋っていた。
 ハイネ局長は3名の維持班の班長に囲まれて話をしていた。そのうち、1人が涙を流し始め、ハイネが彼を抱きしめた。残りの2人も悲しそうな顔をしているのを見て、ケンウッドはハッとした。病気療養で辞める中西部支局長の部屋兄弟達だ、と思いが至った。昨日の局長からの報告では、支局長は自身の体力に過信があった為、病気の進行が深刻な段階に進む迄気がつかなかったのだと言うことだった。つまり、外の世界の医療では、もう手遅れなのだ。ドームは彼を連れ戻すことも出来る。研究素材として元ドーマーを再収容する権利が委員会で認められるのだ。しかし、それを希望する元ドーマーは1人もいなかった。愛する家族と別れて生きようと思わない。支局長は部屋兄弟と再会することなく、旅立つのだろう。その覚悟ができているのだ。
 ハイネ局長は3人全員を順番に抱き締め、何か優しい表情で語りかけてから別れた。ケンウッドは彼がそばに来た時、何も言わなかった。局長も説明しなかった。ケンウッドがカウンターから取って来たレモンジュースを飲みながら、2人は暫く頭の中を空っぽにしていた。
 やがて、ケンウッドがぽつんと言った。

「君の嫌いな男を直属の部下に押し付けてしまって、すまん。」

 ハイネが微かに苦笑した。

「ドームに召喚しなければ済むことです。連絡の窓口はネピア・ドーマーに任せます。」

 お堅いネピア・ドーマーだってハリスには我慢出来ない筈だ、とケンウッドは思ったが、黙っていた。
 ハイネが話題を変えた。

「ガブリエルはラナ・ゴーン博士を後任に決めたのですね?」
「うん・・・今度の副長官は歴代の男性副長官より優秀な様だから、君も覚悟してくれ。」

 そして重要なことを思い出した。そっと局長に囁きかけた。

「彼女もお誕生日ドーマーに君を指名するのだろうか?」

 新婚だから断る、と言うのかと思いきや、ハイネは平然と答えた。

「執政官からご指名があれば何時でもどうぞ、です。」
「しかし・・・」

 ケンウッドは何故自分が赤面するのだろうと焦りながら、赤くなった。

「彼女はアイダ博士の友人だし、クロエルの養母だし・・・」
「執政官に変わりありません。 ご指名を拒絶する権利はドーマーにありませんし・・・」

 男の執政官から指名される時は平気で自身の名前をリストから削除する局長は、いけしゃあしゃあと言い切った。