2018年5月16日水曜日

泥酔者 15 - 3

「遺伝子管理局の仕事をコロニー人にさせる?」

 ベルトリッチが形の良い眉を顰めた。地球人の仕事にコロニー人が介入するのは禁止されている。ケンウッドが先刻迄ハイネと2人で話し合っていた事案を説明した。

「南北アメリカ大陸遺伝子管理局の北米中西部支局の支局長が3日前突然辞意を表明しました。理由は病気療養の為に職務続行が困難になったと言うものです。何の前触れもなかったので、ドームも遺伝子管理局も慌てています。と言いますのも、中西部は遺伝子管理局の業務知識を備えた元ドーマーが殆どいないのです。維持班から卒業した元ドーマーすら殆どいません。」
「元ドーマーは都市部に集中したがりますものね。」

 西ユーラシアで勤務した経験があるので、そこのところはベルトリッチも理解した。

「生まれ育った場所の近くに住みたい、ドームの環境に似た便利な都会に住みたい、彼等にはそう言う傾向があります。」
「中西部は田舎で、過疎化の為に住人の人口が少なく、情報も限られてきます。支局が受け付ける申請書の7割は養子縁組に関するものです。仕事量は少ないのですが、担当する土地の面積は馬鹿に広い。そこへ進んで行きたがる元ドーマーはいません。」
「つまり、次の支局長の成り手がいない?」
「そうです。それでハイネ局長が相談に来ていたのです。」

 委員長はハイネに顔を向けた。

「貴方はどんなアイデアを持っていたの?」

 ハイネは肩をすくめた。

「都市部の元ドーマーに強制的に支局長職を命じるか、現役からドーム退出希望者を募るか、その程度しか思いつかなかったのですが、現役から選ぶとなると執政官会議の承認が必要です。長官のご意見を伺おうと来ました。」
「それで? コロニー人とどう関係するのかしら?」

 珍しくハイネがちょっと躊躇った。

「ハリス博士の借金返済に多少援助出来るかと思いまして・・・」

 ケンウッドもベルトリッチも彼が何を言おうとしているのか読めなかった。

「貴方がハリスに援助するのですか?」
「私が、ではなく、遺伝子管理局が、です。」
「どの様に?」
「ハイネ、私にもわかる様に頼むよ。」

 時々ハイネは物事を遠回しに言うので、ケンウッドはすぐに理解出来ずに戸惑うことが多い。ハイネがチラリと彼を見た。ケンウッドは、そんなことはわかっている、と言われた様な気がした。

「ケンウッド長官が仰った様に、中西部支局の業務量は都会に比べれば少ない方です。支局長の仕事は申請書受理と本部で発行された許可証を申請者に届けること、支局巡りの局員の業務に便宜を図ったり、宿泊施設の手配をしたり、空港の管理をすることですが、辞任する支局長の場合、週の半分は地元名士達との社交に費やされていました。」
「つまり、暇?」
「時間が余ると仰って下さい。」
「でも、成り手がない?」
「田舎の退屈さは、ドーマーには地獄なのです。」

とケンウッド。

「うちのドーマー達は皆勤勉ですから、ダラダラした生活は苦痛でしかありません。」

 「うちの」とケンウッドが発音すると、ベルトリッチが眉を上げた。まるでアメリカのドーマーが特別みたいじゃないの、と言いたげだったが、彼女は口を挟まなかった。