2018年5月6日日曜日

泥酔者 12 - 7

 その日の午後いっぱいを使って出資者様の視察団はアメリカ・ドームの中を見学した。研究所の中の見学は駆け足だろうと言う予想に反して、彼等は熱心に研究の様子を見守り、質問した。お陰でどのフロアでも遺伝子学者や助手たちが冷や汗をかきながら説明に四苦八苦する様が見られた。謹慎が解けたばかりの乱闘騒ぎ当事者達も大真面目に仕事をして見せた。あのレイモンド・ハリスも助手として割り当てられた研究室で実験のサポートをしていた。幸い大酒と博打で借金をこしらえた下々の話題など富豪様はご存知なかったので、彼の存在は無視された。
 予定より1時間遅れてディナーが始まった。中央研究所の食堂で、出産管理区の様子が見られる仕組みもちゃんと出資者様は知っているのでマジックミラーも公開したままだ。
富豪には特別のフルコースが用意されていたが、執政官達がビュッフェ方式で食事をしている区画を見て、数人が真似た。彼等はビジターパスを持っているので、それでお支払いしてくれる。富豪なので、ドーム持ちなんてケチなことを要求しない。中には配膳コーナーで言葉を交わしただけで奢ってもらった執政官もいたほどだ。

「ドーマーはいないのですか?」

と質問が出た。ケンウッドが答えた。

「ドーマーも利用しますが、時刻がずれています。彼等は食後に運動をするのも仕事のうちですから、食事が我々より早く、規則正しいのです。」

 本当はドーマー達が視察団を避けて自主的に一般食堂に逃げてしまったのだ。やがてデザートのタイミングになった。パーシバルがコーヒーカップをスプーンで叩いて音をたて、視察団の注意を引いた。

「これから明日の南米旅行の説明がブラコフ副長官からありますので、よくお聞き下さい。地球はコロニーと違って地域によって全く生活習慣も風土も異なります。注意事項を疎かにすると事故に繋がりかねませんから、副長官の言葉に必ず従って頂きますようお願いします。
 なお、私、パーシバルはドクターストップが出ており、高山地帯には行けません。残念ですが、ここでお留守番です。もし旅行に参加されない方がいらっしゃいましたら、この場で申告願います。」

 すると、意外なことに1人が挙手した。ケンウッドが見ると、その人物は軍服を着用していた。そう言えば、1名だけ、宇宙連邦軍の広報がいたな、と彼は思い出した。

「クロワゼット大尉はお留守番ですか?」
「ええ・・・アンデスに軍事施設があると思えませんし、あっても地球の軍隊は私を入れてはくれないでしょう。」

 特に面白い冗談でもないので、誰も笑わなかった。パーシバルは頷き、他には? と一同を見回したが、富豪達は旅行が楽しみなのでそれ以上手を挙げる者はいなかった。

「では、クロワゼット大尉は明日、ドーム内で自由に過ごして頂きましょう。但し、ドーマーの業務を妨害されませんように。ドームの機能を少しでも妨害すると地球人の誕生に障害が出ますからね。」

 これは大袈裟ではなく真実なので、視察団一行は素直に頷いた。
 パーシバルはブラコフに頷いて見せた。

「では副長官、後をお願いします。」