2018年5月19日土曜日

泥酔者 15 - 7

 ケンウッドは立ち上がり、簡単に挨拶をして直ぐにスピーチに入った。先ずは執政官レイモンド・ハリスが失職する理由だ。酒と博打で故郷から逃げ出して地球へ来たことは既にドーマー達の間にも噂で広まっていたので、長官の口から直接告げられると、納得したと言う表情がどの顔にも浮かんだ。空港での乱闘の話は、最新の事件だったので知らない人もいて、かなり面白がって聞いている様子だった。
 本題はこれからだ。ケンウッドは緊張を覚えた。ドーマー達は執政官がクビになる説明のみをわざわざ班長会議で告げられると思っていない。何か重要な話があるから、長官が説明すると言う異例の事態になっていると理解していた。

「ハリス博士は明日の執政官会議で罷免された後、ドームから退去しなければならない。しかし、外に出れば取り立て屋が待ち構えている。彼等は先刻も説明したように、債務者を捕らえて辺境の開拓地に送り込み、ただ働きさせる。債務者はまず一生逃れることが出来ない。我々は一度は同じドームで働いた人間をそんな目に遭わせたくない。君達もそう思うだろう? 我々は冷酷な人間になりたくない筈だ。だから、地球人類委員会の執行部も対策を考えた。」

 ケンウッドはそこで数秒間休憩した。ハイネには躊躇っていると見えたかも知れない、とちょっぴり心配したが、局長はいつもの平然とした顔で長官を見ているだけだった。
ケンウッドは続けた。

「ハリスを救うには借金の返済しかないのだが、彼は金を持っていない。そこで委員会は彼の借金を肩代わりする代わりに、彼を地球の為に働かせることを考えついた。向こう最短で5年間はタダ働きさせるのだ。」

 すると班長の中から誰かが質問した。

「ドームの中で働かせるのですか?」
「いや、それでは罷免する意味がない。」

 ケンウッドはドーマー達が反発するのを覚悟して言った。

「ハリスには、遺伝子管理局北米南部班中西部支局で支局長として働いてもらう。」

 食堂内がシーーーンとなった。皆長官の言葉が直ぐには理解出来なかったようだ。コスビー総代も唖然とした表情で長官を見ていた。数秒間彼はじっとケンウッドを見つめ、やがて視線をハイネ局長に向けた。その動きを予想したかの如く、ハイネも彼を見た。そして、徐に彼が口を開いた。

「中西部支局長が病気療養を理由に3日前に突然辞表を提出した。あまりにも急なことで後任にふさわしい元ドーマーが当該地域に1人もいないのだ。元局員はおろか元維持班の者もいない。田舎なので、住みたがる元ドーマーが昔から少ない地方だ。私は困って長官に相談に行った。その時、月の地球人類復活委員会のベルトリッチ委員長が偶然ハリス博士の処分に関する話し合いをする為にケンウッド長官に通信してこられた。私が同席している理由を委員長が尋ねられたので、支局長後任の件を話すと、委員長がハリス博士を支局長にしてはどうかと提案されたのだ。」

 ケンウッドはハイネの援護に感謝しながら、素早く引き継いだ。

「地球人の人生と未来に関わる重要な仕事を、ハリスの様な酒飲みで博打好きでいい加減な男に任せるのは、私も不安だ。しかし支局長の仕事は彼の能力で行える内容で、彼は遺伝子管理局支局業務の意味と内容を理解している。給与も委員会が肩代わりした借金を返済させるに無理な額ではない。加えて中西部支局がある場所はコロニーからの取り立て屋がわざわざ行く理由がない。ハリスは堂々と働きながら身を隠せる。彼は酒さえ飲まなければ真面目に働ける人間だ。
 ドーマーがすべき役職だがその適任のドーマーがいなければ、現役局員を強制的に退職させるか、ドーマーからドーム退出者を募らねばならない。これはハイネ局長もドーム幹部も避けたいと思っている。君たちの中で希望者がいると言うなら話は別だが・・・」

 ケンウッドは一旦言葉を切った。食堂内のドーマー幹部達の反応を見たのだ。班長達は互いの顔を見合わせたり、腕組みして考え込んだりしていた。私語は聞こえなかった。
その時、出入り口の側で立っていたジョアン・ターナー・ドーマーが挙手した。彼はまだ幹部ではない、ただの大工だったが、ケンウッドは彼を見て頷いた。ターナーが質問した。

「ハリス博士を支局長にした後でドーマーから後任候補が現れたら、どうするのですか?」

 ケンウッドが答えた。

「ハリスには委員会に借金が残るから、最低5年は働いてもらわねば困る。借金の返済が終わればすぐにでもドーマーと交代させるよ。 勿論、彼が支局長の間にドーマーの候補者を一緒に働かせることも出来る。」
「本当にあの人が真面目に働いてくれると信じておられるのですか?」
「信じると言うより、必ず真面目に働かせる。局員の支局巡りを知っているだろう? 申請書の不備などがある住人に面談する為に、こまめに地方を訪問する業務だ。中西部支局は一週間に1度は必ず誰かが訪問する。ハリスの監視を兼ねることは容易いと思うが・・・。」
「ええっと・・・北米南部班のチーフは・・・」
「ポール・レイン・ドーマーだ。」

 おお、と微かな響めきが上がった。ポール・レイン・ドーマーは類稀なる美貌の持ち主だが、性格は冷たく愛想がない。そして職務には忠実だ。超がつくぐらい仕事熱心で、最近は滅多にドーム内にいない。
 レインがいれば安心だ、と言う囁きがケンウッドの耳に届いたが、ケンウッドは聞かなかったふりをした。個人崇拝は時に過ちが起きる元だ。
 ケンウッドは話をまとめるつもりで尋ねた。

「レイモンド・ハリスを遺伝子管理局支局で働かせることに君達の承認を得られるだろうか?」