2018年5月14日月曜日

泥酔者 14 - 9

 ベックマンと保安員がまだ足の重いレイモンド・ハリスを両側から支えて立たせた。ドームに帰り着くには時間がかかりそうだと判断したケンウッドは、ブラコフに命じた。

「ゴーン博士と一緒に先にドームに帰っていなさい。博士は長旅でお疲れだろうから、お食事を摂って頂いてゲストハウスにご案内しなさい。」
「わかりました。」

 ブラコフは素直にケンウッドの指示に従い、ゴーンに行きましょうと声を掛けた。その時、ハリスを動かそうとしているベックマン達の背後に、先刻の取り立て屋が現れた。ケンウッドが気がつくと、人数が4人に増えている。ゴーンと同じシャトルで取り立ての交代要員が来たので合流した様だ。マイケル・コナーズと名乗った男がハリスに声を掛けた。

「ハリス博士、酔いが少し醒めた様ですな。こちらへ来て頂けませんか?」

 ベックマンに支えられてフラフラだったレイモンド・ハリスが一瞬固まった。と思ったら、信じられぬ力でベックマンと保安員の腕を振りほどき、脱兎の如く走り出した。

「待て!!」

 ベックマンが、保安員が、そして取り立て屋がレイモンド・ハリスを追いかけて走り出そうとした。ストレッチャーを取りに行きかけて立ち止まっていた保安員が、取り立て屋の1人に飛びついた。コナーズの連れの目つきの悪い男だ。ブラコフはハリスがそばまで来た時に脚を伸ばして引っ掛けた。ハリスが床の上に転がった。追いつきそうになっていた取り立て屋の1人がハリスに躓いて転倒した。その上にベックマンが飛びついた。
 ケンウッドはコナーズの腕を掴んで引き止めた。

「止しなさい、ここが何処だか忘れたのか?」

 その時、目つきの悪い男と組み合っていた保安員に、4人目の取り立て屋が後ろからカバンの様な物で殴りつけた。振り返った保安員の顔にさらにもう1発。保安員が小さい悲鳴を上げた。

「動くなっ、それ以上彼を殴ると撃つぞ!」

 甲高い声がして、コロニー人達は動きを止めた。ケンウッドが振り返ると、先程の警察官が銃を抜いて立っていた。
 彼等の周囲を遠巻きにして人々が成り行きを見守っていた。コロニー人の旅客もいるが、大半は空港を利用している地球人だ。その地球人の人垣の中で誰かが声を上げた。

「殴られたのは、ドームで働いている地球人じゃないのか?」
「そうだ、地球人がコロニー人に殴られたんだ。」
「見ろ、顔から血が出ている。」

 ケンウッドは殴られた保安員を見た。保安員は殴られた衝撃で床に尻餅を付いていた。頰に自分で手を当て、出血を確認した。カバンの金具で皮膚が切れたのだ。
 ブラコフとベックマンはハリスに覆いかぶさった取り立て屋をハリスから引き剥がしていたが、人垣から起きた声に驚いて振り返った。

「地球人保護法違反だ。」
「保護法違反だ。」
「コロニー人を捕まえろ!」

その時、

「地球人を傷つけたのね!」

 ゴーンの声が館内に響いた。彼女がつかつかと靴音を立てて保安員に近づいた。警察官は彼女がバッグからハンカチを出して若い保安員の顔に押し当てるのを黙って見守った。
ゴーンが保安員に囁いた。警察官には聞こえない低い声だった。

「『通過』は済ませてあるの?」
「はい。」
「では感染症の心配は低いわ。でも皮膚が切れているから痛むでしょう?」
「ええ・・・」
「ドームで手当してもらいましょう。」
「ここの医務室で十分です。」
「駄目よ、外科処置はドームの方が確実です。」

 ゴーンはケンウッドの方へ顔を向けて報告した。

「傷は小さいですが、皮膚が切れています。医療区での治療を要求します。」
「うむ。」

 ケンウッドは頷いた。彼は警察官に言った。

「貴方が目撃した通り、地球人保護法違反があった。ドーム勤務の職員が殴られて怪我をした。ドーム側は被害届を出します。貴方の職務を遂行して下さい。」

 警察の応援が到着した。コナーズと3人の男はその場で拘束された。取り立て屋の1人は不満そうだったが、コナーズが宥めた。地球では地球のルールがある。逆らうと事態が悪化するのは目に見えていた。保安員を殴った男は手錠を掛けられた。
 ベックマンが警察での事情聴取に応じてくるとケンウッドに告げた。ケンウッドもブラコフも無関係ではなかったが、身分がしっかりしているので翌日の聴取に応じると警察に約束してひとまず解放された。ハリスも警察に引っ張られたが、彼の場合はドーム側の保安員が監視に付いていた。
 騒ぎが収まって、人垣が消え、ケンウッドはブラコフとゴーン、それに負傷した保安員と共にゲート前に残された。

「とんだ歓迎会でしたな。」

とケンウッドはゴーンに謝った。ゴーンが首を振った。

「クロエルが言っていた通り、ここのドームは退屈せずに済みそうですわ。」

 そして保安員を振り返った。

「さぁ、早くこの子の手当を・・・」