2018年5月5日土曜日

泥酔者 12 - 6

「あー、死ぬかと思った・・・」

 ハイネの腕から解放されたヘンリー・パーシバルは咳き込みながら愚痴った。ハイネはちっとも申し訳なく思っていないらしく、ケンウッドに尋ねた。

「何故この人がここにいるのです?」
「視察団の引率だよ、局長。ちゃんと仕事中なんだ。」
「おやっ! それは失礼しました。」

 ハイネは形だけ謝罪した。ヤマザキはまだ面白がって笑っている。

「ほらな、凶暴なドーマーは閉じ込めておくのが一番だ。」

 ハイネが彼にウィンクして見せた。局長も視察団のお相手は面倒臭くて嫌なのだ。彼等は室内にあった椅子を集め、顔を合わせた。

「酒宴のオリジナルメンバーが全員揃ったな。」
「まだ続けているのかい?」
「うん。君の後釜のグレゴリーはよく飲むんだ。」
「ああ・・・彼にも会いたいな。」
「明日呼んでやるよ。エイブ・ワッツと司厨長も呼ぼうか?」
「あの2人も元気なのか?」
「当分くたばるつもりはないそうですよ。」

 ハイネがパーシバルの家族について質問しないので、代わりにケンウッドが尋ねてみた。

「キーラと子供達は機嫌良くやってるかい?」
「ああ・・・息子はやんちゃでね、娘達はお喋りで煩いし・・・」

 パーシバルは端末に映像を出してハイネに見せた。

「息子のローガンと娘のショシャナとシュラミスだ。三つ子なんだが、女の子は双子でね。」

 ハイネは孫の姿に関して、養育棟の子供のドーマーを見るのと同じ反応をした。表情を和らげ、愛情に満ちた目で眺めたが、それ以上の動作もコメントもなかった。会ったことがなければこの先会う可能性もない孫に、何を言えば良いのかわからないのだ。
 ケンウッドとヤマザキは顔を見合わせ、肩をすくめた。女性だったらドーマーでも違う反応を示したであろうが、男のドーマーは遠い宇宙の子孫に全く関心を持たない。だから地球人類復活委員会がドーマーの精子を売買して収入獲得を図っても気にしないのだ。
 パーシバルはめげずに今度はキーラの映像を出した。途端にハイネの反応が変化した。
娘の動画にグッと顔を近づけ、キーラが「ハーイ、局長!」と呼びかけると、「ヤァ!」と返事までした。キーラが画面の中で言った。

「我儘言って長官を困らせたりしては駄目よ! ケンウッドは本当に素晴らしい人ですからね、ちゃんと協力してあげてね。それからケンタロウの言うことを聞いて、健康維持に努めて頂戴。」
「あー、煩い・・・」

 ハイネが思わず端末に向かってぼやいた。ケンウッドもヤマザキも笑った。
 ハイネが端末をパーシバルに返した。パーシバルはドームから宇宙へ端末で通信を繋げられないことを悔やんだ。ライブで家族とハイネに会話をさせたかったが、それは規則で禁止されているのだ。

「マーサの最近の画像も見せたかった。」
「お気遣いなく。」

とハイネは言った。

「もう彼女に未練はありませんから。今の私には、もっと大切な人がいます。」

 パーシバルはケンウッドを見て、ヤマザキを見た。それからハイネに向き直った。

「聞いたよ、結婚、おめでとう!」

 ハイネが軽く頭を下げた。パーシバルが尋ねた。

「僕からキーラに言おうか? それともサヤカが彼女に伝えてくれるのだろうか?」
「貴方からお願いします、ヘンリー。サヤカはキーラになんと説明しようかと悩んでいましたから。」
「説明なんか要らないだろう? 相思相愛で一緒になった、それで十分だ。」

 パーシバルが優しく微笑んだ。

「キーラは常日頃言っているんだ、サヤカがいてくれるから安心して君を1人にしておけるって。ニコやケンタロウでは、逆に親父さんに振り回されるだろうから・・・」