2018年5月3日木曜日

泥酔者 12 - 1

 ポール・レイン・ドーマーはドーム空港のロビーで西ユーラシアからの航空機を待っていた。新しいドーマーがやって来る。衛星データ分析官だ。衛星監視室の準備も現在突貫工事で行われている。レインが企画したメーカー共倒れ作戦が始動したのだ。他の班チーフ達は彼の企画を無謀だと言ったが、ハイネ局長は採用してくれた。ケンウッド長官も期待してくれている。

 俺の上司は素晴らしい人達だ。

 宇宙からシャトルが降りてきた。富豪の視察団が来たのだ。彼等が乗って来たシャトルが優先なので、西ユーラシアからの便が少し遅れている。視察団の相手はドーマーの仕事ではないし、レインは今回挨拶に出る係に呼ばれていない。だからコロニー人達がシャトルからぞろぞろ出て来るのを離れた位置から眺めるだけだった。訪問する富豪は10人で、それぞれが秘書や護衛を連れているがこれらの付添人はドームに入れない。宇宙連邦の地球人保護法は厳格でどんな大富豪も従わなければ一生地球に降りることを許されなくなる。ドームは神聖な地球人誕生の場所だから、許可がなければ絶対に入れないのだ。そして視察団で許可が与えられているのは富豪本人だけで、使用人は許可が降りない。入りたくば彼等自身が許可申請して許されることが必要だ。そして富豪達は「その必要はない」と考えているので、使用人達は空港の外のシティでお泊まりになる。
 視察団を引率して来た地球人類復活委員会の職員がシティに向かうバスの乗り場を秘書やボディガード達に案内していた。その声を聞いて、レインは胸騒ぎを覚えた。

 まさか・・・

 彼はコロニー人の一行を振り返った。素直にぞろぞろとバス乗り場へ歩いていく人々に手を振っている男性の顔を見て、レインは心臓が跳ね上がった気分になった。彼は思わず駆け出していた。

「パーシバル博士!」

 男性が振り向いた。駆け寄って来るスーツ姿のドーマーを見て、彼の顔が綻んだ。

「ポール! ポール・レインじゃないか!!」

 彼も思わず駆け出し、2人の男がガシッと抱き合った。年甲斐もなく2人の大の男が涙ぐみ、互いの顔を見つめ合った。

「元気だったか、ポール?」
「ええ! 博士もお元気そうで何よりです。お身体の具合はよろしいのですね?」
「うん。また回診に復帰出来るんだ。今回の視察団引率は重力に体を慣らす目的で引き受けた。」
「では、またお会い出来るのですね?」
「ああ、来るなと言われても来るから。」

 体を離してヘンリー・パーシバルはポール・レイン・ドーマーの体をじっくりと見た。

「すっかり逞しくなったなぁ。遂にチーフになったんだって?」
「ええ。クラウスは俺の副官ですよ。ジョージ・ルーカスもチームリーダーです。」

 パーシバルはちょっと躊躇ってから尋ねた。

「ダリルはまだ見つからないんだね?」
「ええ・・・」

 レインは苦笑して見せた。

「あいつ、能天気だけど頭が良いから上手く隠れているんです。でもなんとなく隠れている場所に見当がついて来ました。俺と局長の意見が一致している地方があるんです。広いしメーカーが多いので、これから衛星データを使ってそこを調べるのです。」

 パーシバルが黙って頷いた。昔のレインは局長の存在を全く忘れたような生活だった。今は身近に感じているようだ。
 今度はレインが尋ねた。

「セドウィック博士はお元気ですか?」
「うん。彼女と子供達と5人で火星コロニーから月へ引っ越したんだ。彼女も委員会に復帰したのさ。そのうち出産管理区関係の仕事でここへ訪問するかもな。」

 そしてパーシバルは互いに仕事中だったことを思い出した。

「おっと! 視察団を忘れて話し込むところだった。彼等を消毒に連れて行かないと。」
「俺は今夜ドームにいますよ。もしお時間があれば・・・」
「あるさ! ディナーの後まで出資者様に付き合うつもりはない。手が空いたら連絡する。」

 視察団の女性達がレインを見てヒソヒソ話をしているのが見えた。レインの美貌はテレビで知っているが、本物が目の前にいるのが信じられない様子だ。
 一行の元に戻ろうとするパーシバルにレインが囁いた。

「局長は医療区です。ヤマザキ博士が今朝捕まえて隔離病棟に閉じ込めています。」