2018年5月3日木曜日

泥酔者 11 - 8

 ジョアン・ターナー・ドーマーは口に加えた3本の釘の1本を手に取り、板に打ち付けた。ローガン・ハイネ・ドーマーは彼が鮮やかな手つきで棚を壁に作りつけるのを見守った。どうして自動ハンマーで釘を打たないだろう、とか、ロボットにやらせないのだろう、とか、不思議に思ったが口に出さなかった。ターナーはアイダ・サヤカ博士に新しい部屋に新しい棚を増やして欲しいと言われて、自ら板を選び、適度な大きさに切り出して採寸して箱を作っていった。それは人間だったら大昔から行なっていた作業の一つなのだが、高度な文明の中で生まれ育った者には魔法を見ているような面白さだった。
 ターナーは何故アイダ博士の部屋にハイネ局長がいるのか理由を図りかねたが、局長が彼の動作を感心しながら見物してくれるのが嬉しかった。

「さあ、完成しましたよ。」

 ターナーが作業終了を宣言すると、アイダ博士が手を叩いて喜んでくれた。ターナーにとって母親の様な人だ。彼は出産管理区での作業が好きだった。大勢の女性達の前で作業をすると女性達から賞賛の目で見てもらえる。出産で来ている一般女性達も彼と部下の仕事を見るのが楽しそうだ。夫や兄弟が作ってくれた物の話も聞けるし、新しい意匠のヒントもくれる。
 アイダ博士は彼が板に塗ったペンキの色の選択も褒めてくれた。部屋の雰囲気にぴったりだと言ってくれたのだ。

「手作りの家具が一番信頼が置けるわね。」

 彼女がハイネ局長に同意を求めた。局長は手作りと言う物には料理しか縁がなかったので、曖昧に笑って頷いただけだった。彼女がお手製のストロベリースムージーを作って振舞ってくれたので、ターナーも

「お手製のドリンクも最高に美味いです。」

と感想を言って博士を喜ばせた。喉を潤してから道具の片付けを始めたターナーにアイダが尋ねた。

「貴方はチームリーダーなの?」
「いいえ、ただの職人ですよ。部下はいますけど毎回組む人員が違います。仕事の内容で組みの編成が変わるのです。組はリーダーが決めるので、私は年齢で若い連中に指図を出していると言うだけです。」
「そうなの? 若い人達に貴方は随分尊敬されているみたいだけど?」
「ハハ・・・そうですか? そう仰っていただいて光栄です。」

 ターナーが挨拶してアイダの部屋から出ると、ハイネ局長も博士に挨拶をして出た。そしてターナーに声を掛けた。

「ジョアン、今夜は空いているかね?」
「ええ・・・晩飯食って運動するだけですけど?」

 局長はそっと彼の横に並んだ。

「中央研究所に行って欲しい。」

 ドーマーならその言葉の意味がすぐ理解出来る。ターナーは長身の局長を見上げた。

「緊急ですか?」
「うん。ちょっと訳あってドーマー交換をよそのドームに持ちかけたのだが・・・」
「えっ!」

 ターナーの顔に衝撃が浮かんだので、局長は急いで説明を続けた。

「先方は必要なドーマーを譲ってくれる代わりに子種が欲しいと言ってきた。ドーマー本人は望んでいない。必要なのは子種だけだ。君は才能があるし健康だし、年齢的にも父親にふさわしい。それに時間がある・・・」
「わかりました。」

 自分がよそへ移らなくて良いと理解して、ターナーは緊張を解いた。それに今夜「お勤め」を果たせば、維持班のドーマーは1年間お役御免だ。遺伝子管理局の職員の様に1年に何度も呼ばれたりしない。

「私の子供でよろしいのですね?」
「君の子供達は皆丈夫な良い子供達だそうだ。だから先方も期待している。西ユーラシアだよ。」

 ターナーは遠い外国に自身の子孫が残されることを光栄に思った。

「選んで頂いて有り難うございます。食事を済ませたら風呂に入って出頭します。午後8時頃で良いですか?」
「うん。特例になるので担当執政官はケンウッド長官になるが、構わないか?」
「長官に処置して頂けるなら、正に光栄の至りですよ!」

 ターナーは何故局長がアイダ博士の部屋にいたのか理由がわかった気がした。彼が作業に来るのを待っていたのだ。