2018年2月16日金曜日

脱落者 10 - 5

 ハイネが溜息に似た深い息をしたので、ヤマザキはそっと看護師に合図を送った。看護師が水を局長に与えた。ハイネは喉を潤し、少し気分が良くなったらしい。ちゃんと視線をドナヒュー軍曹に向けて説明した。

「エヴァンズは私が電話を切って数分後に掛け直してきました。場所を移動したのでしょう。背後の音が違っていました。」
「その電話で、貴方の立会いに同伴させて欲しいと、彼女は言ったのですね?」
「はい。」
「彼女は理由を言いましたか?」
「いいえ、新薬の効果を見て見たいと言っただけです。」
「それで、貴方は同行を許可された?」
「断る理由はありませんでしたから。」

 ドナヒューは質問を中断した。自身の端末で他の人々の証言を出してハイネの言葉と比較した。
 ヤマザキはハイネが目を閉じるのを見て、患者が疲れないかと心配になった。ハイネは前日迄殆ど口をきかずに過ごしていた。今日は既にかなり喋っている。ハイネの発声はお腹の底から息を出す。力が必要だ。今の状態の彼は声を出せば体力を消耗する。

 だから喋らせない様に面会者を絞ってきたのに・・・

 ヤマザキが事情聴取をそろそろ終わらせようと思った時、ハイネが目を開いた。

「実験室へ向かっている時、エヴァンズが私に言ったことがあります。」

 ドナヒューが端末の画面を閉じて顔を彼に向けた。ベックマンも我に返った様な顔で局長を見た。

「何と彼女は言ったのです?」
「ドーマーとして生きているクローンがいるドームに、クローンのオリジナルの親族が執政官として派遣されることがあるのか、と質問してきたのです。」

 ヤマザキはぽかんとしてハイネを見た。ベックマンもドナヒューも困惑した表情になった。室内にいる2人のドーマー、ハイネと看護師も答えを知らない様子で、コロニー人達の表情を伺った。ヤマザキが尋ねた。

「君は何て答えたのだい、局長?」
「知りません。」

 とハイネが言った。

「私は『知りません』としか答えようがありませんでした。執政官の選考基準は地球人類復活委員会執行部しか知らないでしょう? ドーマーに執政官を選ぶ権利はないのですから。」

 今度はベックマンが尋ねた。

「何故エヴァンズはそんな質問を貴方にしたのだ?」
「それは訊きませんでした。実験室に到着してしまったので。」