薬剤管理室長は月へ連行された。ケンウッドには止める権限がなく、ドナヒュー軍曹は「また来ます」と言い残して、迎えに来た同僚と宇宙船に容疑者を乗せて去った。
マーガレット・エヴァンズはゆっくりだが回復に向かっており、ドナヒューがいない間にアーノルド・ベックマン保安課長とビル・フォーリー・ドーマー遺伝子管理局内務捜査班チーフ副官の事情聴取を受けた。
彼女はハン・ジュアン博士が開発した薬剤に、注文を受けた成分を調合して手渡すと言う形で関わっていた。だからキルシュナー製薬から送られて来た主剤とレシピを見て、自身が調合した時と違っていることに気が付いた。彼女はそれを直属の上司である主任のドブリン・ドーマーに告げた。ドブリンはハン博士に訊いてみようと提案したのだが、同じ室内にフェリート室長がいた。室長はハン博士の助手リック・カールソン研究員が清書したレシピを監修していたので、キルシュナー製薬のレシピを見て、おかしな点はない、と言い切った。それでもエヴァンズが納得しなかったので、真空ケースの検査を許可した。
「私はハン博士の原稿と照合したかったのですが、フェリート室長は相手にしてくれませんでした。キルシュナー製薬はコロニーでも有名な大きな企業で、研究者が大勢いる、間違いが起きる筈がない、と彼は言いました。」
しかもキルシュナーのレシピには触媒が2種も追加されていた。触媒の調合は室長に反抗的なエヴァンズではなく、ハン博士の研究室に度々薬剤の配達に訪れていたセシリア・ドーマーに託された。
「セシリアは、今回の実験が成功すればカールソンも研究員から執政官に昇格される、と信じていました。」
エヴァンズはセシリアとカールソンの仲が良いことを知っていた。それはコロニー人として認める訳にいかない事態だった。
地球人保護法は本来コロニー人が地球人を虐待しないように予防する為の法律だ。しかし制定されて200年のうちに、どんどん現状と合わなくなって来た。コロニー人は素手で地球人に触れてはならない、と言う条項など、正に削りたくなる内容だ。性的イタズラを防ぐ目的の条項だが、実際はコロニー人に仕事を邪魔されないように、ドーマーが必要以上に持ち出している。また、この法律はコロニー人と地球人が結婚することを禁止していた。理由は、正に地球人に女の子が生まれないことだ。女の子が生まれない原因を突き止める迄は、地球人の遺伝子を宇宙にばらまかれては困る、と言う訳だ。だから、法律は地球人が地球外に出ることも禁止していた。無理に結婚しても、コロニー人は地球の重力に負けていつか去って行く。
エヴァンズはこう証言した。
「カールソンがセシリアを誘惑したとは言いませんが、セシリアは彼に何か恋愛以上の特別な感情を持っている様に見えました。私も他の女性薬剤師達も彼女に注意したのですが、彼女は私達と一緒にいるより部屋の外で彼と会っている方が楽しい様でした。」
他人の恋愛に口出ししたくない、と彼女は思ったのだ。一線を超えなければ、ドーマーとコロニー人の交際は目をつぶってもらえる。
「彼女はキルシュナー製薬のレシピ通りに触媒2剤を調合し、実験当日に自身で実験室へ届けに行きました。
私は心配になりました。偶々朝早い時間にハイネ遺伝子管理局長から実験に立ち会うことになったと言う連絡をもらいました。局長は元薬剤師ですから、薬品の試験などに興味を持たれており、実験に立ち会われることも時々ありました。あの日も副長官のお誘いで見学を決められた様です。それで私は局長の立会いを薬剤管理室全体に伝えました。一旦通話を終えてから、実験室に入るチャンスだと思い、部屋を出て局長にかけ直しました。
同伴させて頂けるようお願いすると、局長は快く承諾して下さいました。
局長が迎えに来られて、2人で生化学フロアへ行きました。セシリア・ドーマーが一足先に薬剤の配達に行ったのですが、戻って来なかったので、またカールソンと話し込んでいるのだろうと思いました。恋愛にしては堂々とし過ぎていると思いました。その時に、ふと彼女がずっと以前に質問してきたことを思い出したのです。
『クローンがオリジナルの兄弟に出会ったら、やはり兄妹の再会となるのかしら?』と。
私は気になったので、ハイネ局長に尋ねてみました。
『ドーマーとして生きているクローンがいるドームに、クローンのオリジナルの親族が執政官として派遣されることがあるのでしょうか?』と。局長は『知りません』と答えました。『ドーマーには月の委員会の執政官選考条件は教えられていません』と。」
マーガレット・エヴァンズはゆっくりだが回復に向かっており、ドナヒューがいない間にアーノルド・ベックマン保安課長とビル・フォーリー・ドーマー遺伝子管理局内務捜査班チーフ副官の事情聴取を受けた。
彼女はハン・ジュアン博士が開発した薬剤に、注文を受けた成分を調合して手渡すと言う形で関わっていた。だからキルシュナー製薬から送られて来た主剤とレシピを見て、自身が調合した時と違っていることに気が付いた。彼女はそれを直属の上司である主任のドブリン・ドーマーに告げた。ドブリンはハン博士に訊いてみようと提案したのだが、同じ室内にフェリート室長がいた。室長はハン博士の助手リック・カールソン研究員が清書したレシピを監修していたので、キルシュナー製薬のレシピを見て、おかしな点はない、と言い切った。それでもエヴァンズが納得しなかったので、真空ケースの検査を許可した。
「私はハン博士の原稿と照合したかったのですが、フェリート室長は相手にしてくれませんでした。キルシュナー製薬はコロニーでも有名な大きな企業で、研究者が大勢いる、間違いが起きる筈がない、と彼は言いました。」
しかもキルシュナーのレシピには触媒が2種も追加されていた。触媒の調合は室長に反抗的なエヴァンズではなく、ハン博士の研究室に度々薬剤の配達に訪れていたセシリア・ドーマーに託された。
「セシリアは、今回の実験が成功すればカールソンも研究員から執政官に昇格される、と信じていました。」
エヴァンズはセシリアとカールソンの仲が良いことを知っていた。それはコロニー人として認める訳にいかない事態だった。
地球人保護法は本来コロニー人が地球人を虐待しないように予防する為の法律だ。しかし制定されて200年のうちに、どんどん現状と合わなくなって来た。コロニー人は素手で地球人に触れてはならない、と言う条項など、正に削りたくなる内容だ。性的イタズラを防ぐ目的の条項だが、実際はコロニー人に仕事を邪魔されないように、ドーマーが必要以上に持ち出している。また、この法律はコロニー人と地球人が結婚することを禁止していた。理由は、正に地球人に女の子が生まれないことだ。女の子が生まれない原因を突き止める迄は、地球人の遺伝子を宇宙にばらまかれては困る、と言う訳だ。だから、法律は地球人が地球外に出ることも禁止していた。無理に結婚しても、コロニー人は地球の重力に負けていつか去って行く。
エヴァンズはこう証言した。
「カールソンがセシリアを誘惑したとは言いませんが、セシリアは彼に何か恋愛以上の特別な感情を持っている様に見えました。私も他の女性薬剤師達も彼女に注意したのですが、彼女は私達と一緒にいるより部屋の外で彼と会っている方が楽しい様でした。」
他人の恋愛に口出ししたくない、と彼女は思ったのだ。一線を超えなければ、ドーマーとコロニー人の交際は目をつぶってもらえる。
「彼女はキルシュナー製薬のレシピ通りに触媒2剤を調合し、実験当日に自身で実験室へ届けに行きました。
私は心配になりました。偶々朝早い時間にハイネ遺伝子管理局長から実験に立ち会うことになったと言う連絡をもらいました。局長は元薬剤師ですから、薬品の試験などに興味を持たれており、実験に立ち会われることも時々ありました。あの日も副長官のお誘いで見学を決められた様です。それで私は局長の立会いを薬剤管理室全体に伝えました。一旦通話を終えてから、実験室に入るチャンスだと思い、部屋を出て局長にかけ直しました。
同伴させて頂けるようお願いすると、局長は快く承諾して下さいました。
局長が迎えに来られて、2人で生化学フロアへ行きました。セシリア・ドーマーが一足先に薬剤の配達に行ったのですが、戻って来なかったので、またカールソンと話し込んでいるのだろうと思いました。恋愛にしては堂々とし過ぎていると思いました。その時に、ふと彼女がずっと以前に質問してきたことを思い出したのです。
『クローンがオリジナルの兄弟に出会ったら、やはり兄妹の再会となるのかしら?』と。
私は気になったので、ハイネ局長に尋ねてみました。
『ドーマーとして生きているクローンがいるドームに、クローンのオリジナルの親族が執政官として派遣されることがあるのでしょうか?』と。局長は『知りません』と答えました。『ドーマーには月の委員会の執政官選考条件は教えられていません』と。」