2018年2月3日土曜日

脱落者 6 - 3

「しかし、何故まだ爆発のことを捜査されておられるのかな? あれは製薬会社側で薬剤が取り違えられていたのではなかったのか?」

 ケンウッドの疑問に、ベックマンとドナヒューが顔を見合わせた。2人の捜査のプロが、この人は素人だから、と心の中で語り合うのが聞こえた様な気がした。
 ドナヒューが代表して説明を始めた。

「我々は昨日保安課の監視カメラの映像を見ましたね?」
「うん?」
「女性薬剤師が恋人を失って錯乱した様に見えました。」
「うん・・・」
「しかし、不自然でした。」
「不自然?」
「ハイネ局長は長身で、彼女は彼より低いです。実際、局長の手刀を食らって鼻を折られていますから、彼の胸の高さに顔がありました。」
「それが?」
「彼女がガラス片を掴んで真っ直ぐ前に突き出すと、ガラス片は局長の腹部に刺さった筈です。しかし、局長は胸を、それも心臓に近い場所を刺されました。」

 ケンウッドは胸に冷たい物が落ちて来た感じを覚えた。

「彼女は故意にハイネを刺したと?」

 ロッシーニとヴェルティエンが固まっていた。アメリカ・ドームの職員が、それもこのドームで生まれ育ったドーマーが、遺伝子管理局長を狙って刺したと言うのか?
 ドナヒューが手で何かを掴む仕草をして、下から突き上げる動作をして見せた。

「ヤマザキ博士と局長の執刀医クック博士から証言を取りました。ハイネ局長の胸の傷は、下から斜め上方向に刺されています。背が低いセシリアが局長の心臓を狙ったと思われます。幸い局長は反射的に上体を後ろに退いて身を守りましたが、普通の人なら死んでいたかも知れません。」
「セシリア・ドーマーには殺意があったと言うのか?」

 ケンウッドは顔が青ざめるのを感じた。錯乱ではなく、錯乱したフリをして、ブラコフを狙ったフリをして、実際はハイネを狙ったのか? それとも、やはり最初はブラコフを狙い、ハイネが止めようとしたので標的をハイネに変えたのか?

「あの女性はまだ意識が戻らないのですか?」
「いや、ヤマザキによると錯乱しないように観察棟に移送する迄睡眠薬を与えているそうだ。自殺する恐れもあるから・・・」
「では、保安課には彼女の監視をしっかりお願いしましょう。」

 ドナヒューがベックマンを振り返った。ベックマンが当然だと言いたげに頷いた。

「セシリア・ドーマーの単独での犯行なのか、それとも『青い手』と何か繋がりがあるのか、早急に調べなければなりません。兎に角、医療区には無関係の者を入れないように警戒します。出来れば・・・」

 ベックマンは言いにくそうに言葉を続けた。

「ハイネ局長には動けるようになっても入院を続けて頂きたい・・・」
「それは無理だろう。」

 ケンウッドは親友の性格を知っている。

「ハイネは君と闘える程の武道の達人だ。怪我をしているからと言って、大人しく安全圏に留まる男ではない。」