2018年2月3日土曜日

脱落者 6 - 4

 ヤマザキ・ケンタロウは目の前のガブリエル・ブラコフにどう話しかけたものか考えていた。壁のパネルに表示されているブラコフの脳波計は副長官が目覚めたことを示していた。ヤマザキは取り敢えず、ブラコフの右手を握って声を掛けた。

「やぁ、ガブリエル、目が覚めたかい?」

 当然ながらブラコフは答えない。唇を失い、頰の筋肉も損傷を受け、喉を火傷している。それに両方の眼球も失っているので、真っ暗な世界にいる。それでも彼は声が聞こえた方へ顔を向けようとした。ちゃんと聞こえているのだ。
 ヤマザキはきちんと残酷な真実を告げることにした。

「今、君は世界が真っ暗で戸惑っているだろう? 僕の言葉に返答をしたいのに声が出せなくて困惑しているだろう?」

 ブラコフの手がヤマザキの手を握り返してきた。我が身に何が起きたのか、わからずに不安な筈だ。

「実験室で爆発があった。覚えているかな? 2日前のことだ。」
 
 ブラコフが首を動かそうとしたので、ヤマザキは止めた。

「僕の質問にイエスで答える時は手を2回握ってくれないか? ノーの時は3回だ。わかったかな?」

 2回、弱々しくブラコフが握り返した。

「うん、では何が起きたか説明しよう。ハン・ジュアン博士が使用した薬剤が間違っていたらしく、爆発が起きた。君は飛び散った薬品とガラスの破片を顔面に浴びて大怪我をしてしまった。」

 あの瞬間を思い出したのか、ブラコフの心拍数が上がった。血圧も上昇した。ヤマザキは暫く口を閉じて、患者が落ち着くのを待った。

「痛かっただろうね。僕等は昨日、実験室の監視カメラの記録映像を見せてもらった。君が怪我をする瞬間を見たんだ。誰にも救うことが出来なかった。君は顔面に薬品による火傷を負い、ガラス片で筋組織を傷つけられた。残念ながら両方の眼球にもガラスが刺さってしまい、現在失明状態だ。」

 ブラコフは動かなかった。ヤマザキの言葉を頭の中で繰り返して考えているのだろう。
ヤマザキはこの場ではこれ以上詳細な怪我の説明を避けた。代わりに希望的な話題に話を進めた。

「幸いにも首から下は無事だ。白衣を着用していたので、薬品の飛沫もガラス片も皮膚迄達しなかった。喉には気化した薬品を吸い込んだ時に負った火傷があるが、これは軽傷だ。現在はそれで声が出ないだけで、炎症が治れば声は出る。
 ケンウッド長官は事故の報せを受けて地球に帰って来た。君の傷を見て、彼は直せると断言した。君が卒論で書いた治療法を発展させて細胞再生治療を行う。」