2018年2月20日火曜日

脱落者 11 - 5

 ポール・レイン・ドーマーは青く晴れ渡った空を見上げていた。空には黒い二等辺三角形の物体が浮かんでいるのが小さく見えていた。

「この距離から見てあの大きさだったら、実物はかなりデカイのでしょうね?」

 彼の呟きに、ヤマザキ・ケンタロウが微笑して頷いた。

「うん、かなりデカイ。うちのドーム並の大きさはあるな。」

 2人はドームの外にいた。薬剤管理室がまだ正常業務を行えないので、臨時に使用できそうな薬を調達する為に、ヤマザキが外へ買い物に出て来たのだ。レインは彼の護衛を仰せつかっていた。彼は同僚のクロエル・ドーマーより少し早く幹部候補生試験に合格していたが、ハイネ局長が入院してしまったので、新規配属がまだだった。

「あの方は俺の転機に何時も入院されている様な気がします。」

 レインは半分冗談のつもりで言ったが、ヤマザキは真面目に受け答えた。

「つまり、君の転機は常にドームの重大事件と共にある訳だ。これも何かの縁じゃないかな。少なくとも、君には忘れられない日だろう?」
「今の転機はともかく、前のはもう忘れてしまいましたよ。」

 レインはムスッとした。美貌の面を少女みたいにふくれっ面にして見せた。それを見て、またヤマザキは笑ったが、言いたいことは心の中にしまっておいた。

 セイヤーズが帰ってくる時は、もっとハッピーな転機であると良いな、レイン。

 代わりに彼は言った。

「そのふくれっ面は可愛いが、色気がまだ足りん。」

 するとレインは彼が驚く様な反論をした。

「俺はまだ局長の年齢の3分の1しか生きていないんです。ヤマザキ先生がお気に入りの局長並の色気に到達するのは当分先の話ですよ。」
「僕がハイネの色気を気に入っているだって?」

 レインが薄い水色の目でヤマザキの反応を観察していた。医療区長がムキになって反論したら、さらに言い返してやろうと思っていた。
 レインはその類稀なる美貌の為に、ドームの中にいる時は常時コロニー人のファンクラブに取り巻かれていた。彼自身はうざくてたまらないのだ。ファンクラブは、ヘンリー・パーシバルが設立した当初は、彼を他のコロニー人のチョッカイから守ってくれる頼もしい味方だった。しかし今やただのミーハーの集まりで、美しい彼とお友達になりたい男達の集合体だった。
 ところが、同じ様に美貌に恵まれているにも関わらず、一切取り巻きを持たないドーマーがいる。彼の上司のローガン・ハイネ・ドーマーだ。真っ白な髪、長身、オペラ歌手の様によく透る澄んだ声、何をしても様になる優雅な身のこなし。常にドーマーやコロニー人の憧れの対象になっているにも関わらず、ハイネには取り巻きがいない。レインはそれが不思議で仕方がなかったが、ある時、ひらめいた。

 局長には長官と医療区長が何時もくっついているじゃないか。

 だから誰も寄り付かないのだ、と若いドーマーは思ったのだ。
 ところがヤマザキは考え込んだ。

「ハイネに色気を感じたことなんか、あったかなぁ?  彼は僕の父親より年上だが、僕には年下に見える。遺伝子の作用のことを言ってるんじゃないぞ。彼の仕草やら行動パターンが君達若者とそっくりなんだ。僕には彼が子供に見えるんだよ。なんだか危なっかしいヤンチャ坊主みたいにね。だから、守ってやらなきゃ、と思うのさ。」
「局長は年齢相応に大人ですよ。」

 怪我は別にして、局長は1人で十分身を守れる人だ、とレインは心の中で呟いた。