2018年2月2日金曜日

脱落者 6 - 1

 ヤマザキ・ケンタロウは朝の回診中だった。彼は重症者・軽症者合わせて6名の入院患者を抱えていた。回診は症状の軽い患者から始めた。「通過」を受けているドーマー1名、「通過」のタイミングを失って「飽和」まで来てしまったドーマー1名、生化学実験室の爆発で漏れた気化薬品を吸い込んで喉に軽度の火傷をしたコロニー人2名を順番に診て、5人目がローガン・ハイネ・ドーマーだった。
 ハイネ局長は早起きだ。寝ているだけなので退屈な筈だが、目を開いて壁のパネルに表示されている彼自身の心電図や脳波計や血圧計、体温計を眺めていた。ヤマザキが入室して、「おはよう」と声を掛けると振り向いて片手を持ち上げた。胸の筋肉に刺激を与えないように、そっと挨拶したのだ。
 ヤマザキは看護師を連れてベッドの際まで行き、壁のパネルを見た。電子カルテにバイタルチェックの数値が記録されて行く。ハイネはちょっと不安そうだ。数値次第で入院が伸びるのを心配しているのだ。
 ヤマザキはタブレットを看護師に手渡し、患者の顔から酸素マスクを取り除いた。口を開けさせて喉の奥をスコープで覗いた。次に鼻の奧を見た。そしてスコープを抜いて仕舞うと、ニッコリ笑って見せ、患者を安心させた。

「綺麗になっているよ、局長。言いつけを守ってくれた成果だね。後1日、今日も我慢して声を出さないでくれ。明日になれば発声練習をしよう。」

 彼は端末を出して裏方へ電話を掛けた。

「ハイネ局長に朝食を差し上げてくれないか? 重湯とチキンコンソメスープ、それに果肉なしの林檎ジュースだ。」

 ハイネがちょっと不満そうな顔をしたので、優しく宥めた。

「最初は液体だけ、お昼になればお粥にポタージュスープ、果肉入りのジュースを出す。
声を出さずに居てくれれば、夕食はさらに豪華になるから。 明日になれば普通の食事を食べられるよ。」
「明日はチーズ料理ですよ。厨房班に出前させますから。」

と看護師が医師の援護射撃をした。ハイネの表情が穏やかになったので、ヤマザキは可笑しく思いながら、看護師に指示を出した。

「朝食が終わったら、口腔内を洗浄して差し上げろ。それから喉に薬を塗布すること。」
「わかりました。」
「端末やタブレットは絶対に貸さない。」
「はい・・・」
「午後に執刀医のクック博士が術後経過を診に来られるから、警護の保安課員に伝えておくように。他に来客予定はないので、その他の面会は断ってくれ。遺伝子管理局の人間はジェレミー・セルシウスのみ許可する。」
「わかりました。」

 ハイネが片手を持ち上げて壁を指差した。ヤマザキは彼が言いたいことを理解した。

「ガブリエルは昨夜はまだ意識が戻って居なかった。今朝はどうかな? これから診るが、戻っていたら君が元気でいると伝えておくよ。」