2018年2月24日土曜日

脱落者 11 - 9

「今日、君と話したかったのは、明日からの出張のことなんだ。」

 デザートの段階になって、ケンウッドはやっと本題に入った。ハイネはリコッタチーズと苺の盛り合わせをじっくり味わいながら、長官の顔を見た。一瞬、「また出張?」と置き去りにされる子供みたいな心許なさそうな表情をしたので、ケンウッドはドキリとした。

「察しの通り、君に留守番をしてもらわねばならない。副長官があの状態だし、ベックマンは今警備強化で手がいっぱいだ。それに彼には行政は不向きだ。君しかいない。」
「秘書達がいるでしょう?」
「秘書の権限は知れているし、それにどう言う訳か、本部はヴェルティエンを連れて来いと言ってきた。」
「ヴァンサン・ヴェルティエンを・・・ですか?」

 ハイネが意外そうな顔をした。ケンウッドも本部が何を考えているのか掴めないでいた。ロッシーニは優秀だが、ドーマーだ。執政官ならアクセス出来るサイトに、ロッシーニはログイン出来ない・・・ことになっている。緊急事態が発生したらロッシーニはいちいちベックマンを呼ばないといけないのだ。

「出張は、この度の事件の犠牲者達の合同追悼式と委員会会合に出席することだ。予定では1日で終わることになっているが、大勢委員が集まるし理事やらスポンサーもたくさん集まるからね。テロリストの格好の標的だから警備が厳しくて、出入りに時間がかかるのだよ。」
「まさか、その1日と言うのは月時間ではないでしょうね?」
「 27日 7時間 43分 11.5秒地球時間・・・だね・・・それはないよ。一応、コロニー社会は地球時間制を取っているから。」
「24時間でしたら、大人しく留守番をしています。48時間を超えたら、ドームを乗っ取りますよ。」

 ハイネの冗談に思わずケンウッドは笑った。

「ここは地球だから、君が頂点にいる方が自然なのだがね。」

 そして付け加えた。

「多分、軍が調べた事件の詳細も教えてもらえるだろう。地球の安全に関わることだから、君達ドーマーにも知る権利はあると思うんだ。執行部が教えるなと言っても、私は君に伝えるよ。」
「それなのですが・・・」

 ハイネがフォークを置いた。

「私が貴方とお話したかったのは、セシリア・ドーマーのことなのです。」
「彼女はまだ黙秘しているだろう?」

 セシリア・ドーマーは観察棟に幽閉されたままだ。薬剤管理室長が憲兵隊に逮捕されて宇宙へ送られたと聞かされても、知らん顔をしている。時々涙ぐむのは、亡くなったリック・カールソンを思い出すからだ。食事はしっかり取るので、自殺することはないだろうと言う判断で、ベッドからの拘束を解かれ、部屋の中で退屈な日々を過ごしている。テレビの視聴は許されているが、刃物や尖った物は部屋に置かれていない。食事のナイフやフォークも監視付きで使用だ。
 ケンウッドは一度、接触テレパスのポール・レイン・ドーマーの能力を借りようかとも思ったのだが、男性に手を掴まれて尋問されるのは彼女は嫌だろうと思い直した。

「彼女の真意をテレパシーで解明したとしても、彼女の心の闇を解決することにならないからね。」

 ケンウッドが言うと、ハイネも同意した。

「ですから、セラピーを受けさせようと思うのです。」
「精神科医を付けるのか?」
「キャリー・ジンバリスト・ドーマーを観察棟に入れてやって下さい。」

 ああ、彼女がいたな、とケンウッドはドーマーの精神科医の存在を忘れていた己の迂闊さに情けなく思った。

「君は、君を刺した彼女を救いたい、と解釈して良いのかな?」
「私は彼女に何の恨みも怒りも感じていません。彼女は室長に利用されただけでしょう? 心の弱みに付け込まれただけだと信じています。」
「フェリートがセシリアのどんな弱みを利用したのか、それを解明するのだね?」
「ええ、彼女を救うのは、そこから始まると思っています。」