2018年2月28日水曜日

脱落者 13 - 4

 新しいアフリカ・ドーム長官が推薦と投票で決まった。新長官ははにかみながらも、本心はその大役が嬉しかったのであろう、笑顔を抑制しながら挨拶をした。ケンウッドはその新しい仲間を歓迎しながらも、候補者名簿に残った一つの名前に心を残した。ヴァンサン・ヴェルティエンの名が書かれていたのだ。ハナオカ委員長が秘書を連れて来いと言った理由がこれだったのだ。ヴェルティエンは長官職にふさわしい人物だ。ケンウッドもそう思う。文化人類学者だから、文化的に多様性に富むアフリカのドーム行政に意欲的に取り組んだことだろう。しかし、科学者達は遺伝子学者ではない彼に1票も投じなかったのだ。推薦リストに載せてくれたハナオカの気持ちはどんなだったろう。ケンウッドも身内なので投票しなかった。大事な秘書を手放したくなかったので、別の人に票を入れたのだが、ヴェルティエンに入れてやれば良かったと後悔した。
 ヴェルティエン本人は気にしていなかった。リストを見て、逆に

「なんかの間違いじゃないっすか?」

とクロエル・ドーマーの口真似をしてケンウッドを苦笑させた。

「みなさんが良識あって良かったですよ。ふざけて僕に票が入ったら、泣くところでした。まだケンウッド博士の下で働きたいですからね。」
「しかし、アフリカは君も興味がある土地だろう?」
「興味があっても長官職をこなすとなると人類学の研究どころじゃないですよ。先生を見ていてわかりますもん。先生、最近は殆ど白衣を着ておられないでしょう?」

 耳の痛いことを堂々と言う。ケンウッドもそれ以上選挙の話題を続けることはなかった。
 会議が終了すると、追悼式に集まっていた地球からの会席者は宇宙港へ向かい始めた。ドームには仕事が待っている。ケンウッドも帰ろうと思ったが、端末にメッセージが入った。ハナオカ委員長が委員長執務室に来るようにと要請してきたのだ。ケンウッドは気が重くなった。ハイネのハッキングの件で叱られるのは間違いない。ヴェルティエンに先に地球に帰っても良いよ、と言うと、出立前の出来事を知っているヴェルティエンは同行すると言った。

「ローガン・ハイネはふざけてやったんじゃありません。僕は彼を弁護します。」
「ハナオカもそれぐらいわかっているさ。だが、ハッキングされた相手が悪かった。」

 委員長執務室はドーム長官室に似ているな、とケンウッドは思った。手前に秘書スペースがあり、中央に会議用テーブルがあり、奥に執務机がある。違っているのは、窓だ。机の背後の壁が全面窓になっている。委員長は振り返ると偏光ガラスの向こう側に常に青い地球を見るのだ。
 ハナオカ委員長は憲兵隊の軍人とハレンバーグ名誉顧問と共に待っていた。ハナオカは入室したケンウッドとヴェルティエンに空いている椅子を勧めた。座った状態でハナオカが各人を紹介した。軍人はドームに通信してきたビーチャー大尉ではなく、その上官のエイリアス大佐だった。大佐が出て来ると言うことは、軍はこのハッキングをかなり問題視していると取って良いだろう。