2018年4月27日金曜日

泥酔者 10 - 7

 朝食を終えて執務室に行くと、秘書のチャーリー・チャンが既に仕事を始めていた。長官の顔を見るなり、挨拶もそこそこに同僚の処分を心配した。

「ジャクリーンはどんな処罰を受けるのでしょうか? 相手に怪我をさせた様ですが・・・」

 ああそうだ、乱闘騒ぎがあったな、とケンウッドはドーマー交換の話題ですっかり忘れていた問題を思い出した。チャンに何かあれば連絡をくれと言い置いて小会議室に入った。
 長官執務室と大会議場の間に小会議室がある。3つの空間は扉で隔てられていて、長官は自由に行き来できるのだ。
 ケンウッドが入ると、そこにいた乱闘騒ぎの当事者達が私語を止めて黙り込んだ。長官執務室との連絡扉に近い席に座っているのが、ガブリエル・ブラコフ副長官と、ジャクリーン・スメア秘書。ブラコフは顎に湿布薬を貼っていた。腫れている様には見えないので、青アザ程度の被害なのだろう。ケンウッドと目が合うと申し訳なさそうに身を縮めた。スメアは黙って頭を下げた。彼女はブラコフが殴られたので、カッとなって相手を殴り倒した方だ。活発な女性だが、そこまで暴れるとは予想外だった。ケンウッドは溜め息をついて見せ、壇上のアーノルド・ベックマン保安課長の側へ行った。
 大会議場への扉の側に若い執政官3名が並んで座っていた。3人共に顔や腕にアザがある。1人は鼻に湿布薬が貼られていた。骨折ではないと聞いているが、ケンウッドは一応声をかけてみた。

「グラニエール博士、鼻の調子はどうだね?」
「骨折ではないので、鼻血が止まってなんとかましになりました。」

 鼻詰まりの声で彼は言った。

「副長官には、止めに入って来られたのに勢いで殴ってしまい、申し訳ありませんでした。」

 ブラコフがちょっと苦笑した。

「僕も酒が入っていたので、無防備でした。貴方が僕を見ていないと気が付いた途端に拳骨をくらいましたから・・・」

 部屋の中央には、レイモンド・ハリスと別の執政官が座っていた。こちらも口の端や目の周辺にアザがあった。

「酒の上での喧嘩と聞いているが、原因はなんだね?」

 ケンウッドの質問に、ハリスは肩をすくめた。

「それがよく覚えていないんです。何かの話をしていたのですが、そのうちに彼方が僕の返答が気に入らないとかなんとか言い出して、僕がうっかり彼の肩を押したものだから・・・」
「押した押さないの問答になったのです。」

 ハリスの隣に居る執政官が言った。彼はハリスと多少気があうのか、食堂で一緒に居るのを何回かケンウッドも見ていた。2対3で喧嘩をして、止めに入ったブラコフが殴られ、スメアがその仇を討った形になる。
 ケンウッドは若い連中に穏やかに言って聞かせた。

「何の話が原因かは聞かないが、酔って喧嘩をするのは会則に違反する。内務捜査班に月の本部へ報告されても文句は言えないぞ。」