2018年4月30日月曜日

泥酔者 11 - 4

 スポンサー様、即ち地球人類復活委員会の財源を支えるコロニーの大企業の面々が、その莫大な寄付金が正しく地球人復活事業に使われているかどうか、確認の為に視察に来るのだ。彼等は地球時間に換算すると主に2年3ヶ月おきに視察団を結成して地球に降りてくる。企業の経営者がいれば大富豪もいるし、著名な文化人もいる。映画スターもいるし、科学者もいるのだ。さらに宇宙連邦軍の広報もいる。
 彼等は概ね3日の予定で地球各地のドームに滞在する。一番重要な出産管理区を見学して地球人が順調に誕生していることを確認し、クローン育成施設を見学してコロニー人のボランティアから提供された卵子のクローンが立派な女性の赤ん坊に育っていくのを観察する。それから中央研究所で各フロアを回って執政官達の研究の進み具合を見る。日頃ダラダラしている科学者達もこの時は必死でフラスコや試験管や電子顕微鏡を見つめ、モニター画面を検証し、グラフを睨む。それが視察団の第1日目だ。
 2日目は、観光旅行だ。スポンサー様達は、恐らくこれが一番の楽しみだろう、美しい地球の風景を見物に日帰り旅行にお出かけになる。行き先々で美味しい食べ物を味わい、珍しい文化や歴史を楽しむ。
 3日目は、ドーマー達の仕事ぶりを見る。ドーマー達はスポンサー様に失礼のない程度に距離を取って、彼等と接触しないように努力する。しかし、地球人の肉体美に憧れている出資者達はどうしても接近してしまうのだ。ドームの執政官達は、スポンサー様が地球人保護法に違反しないように見守らねばならない。
 アメリカ・ドームの長官には代々申し送りの注意事項がある。1つは、スポンサー様にはなるべく地球産の珍しい酒を出さないこと。地球産のアルコール飲料はコロニー産のものとは比べ物にならない程美味なので、調子に乗って飲みすぎる客が多いのだ。2つ目は、ドーマーにスポンサー様が素手で触れても、ドーマーから苦情が出ない限りは無視すること。一々地球人保護法違反だと目くじら立ててはキリがない。富豪達は平気でドーマーに触りたがるのだから。
 3つ目は、この80年間伝えられている注意事項だ。つまり、ローガン・ハイネを視察団が滞在する間は隠しておくこと。勿論スポンサー様は白いドーマーがいることをご存知だ。映像で見たこともあるのだから、顔も声も知っている。当然興味を持って会いたがる。しかし、視察団が来るとドームは彼を病気だと言って医療区に隔離して会わせない。ハイネは実際のところ元気で、病室で業務を行うのだ。本人が匿ってくれと言った訳ではない。ドームがそう決めたのだ。ハイネが視察団の前に出るのは、彼等が宇宙へ帰る直前だけだ。

「何故、そう言うことになっているのです?」

とブラコフがケンウッドに尋ねた。ブラコフも既に視察団を迎えるのは3度目だ。しかし、まだハイネを隠さねばならない理由がわからない。ハイネも教えてくれない。そしてケンウッドも知らなかった。
 するとハイネの「入院」の打ち合わせに呼ばれたヤマザキがエイブラハム・ワッツ・ドーマーに聞いたと言って、理由を教えてくれた。

「昔・・・今から80年近く前だ。」
「ハイネが20代の頃?」
「彼は今95歳だから、少年期だな。夜中に視察団の連中が酔っ払って養育棟に侵入したのだそうだ。ワッツはまだ幼児室にいたのだが、大騒ぎになったので覚えていると言っていた。」
「何があったんだ?」

 ケンウッドが苛々して尋ねた。視察団を迎えるのは、彼も4回目だが、未だに慣れない。毎回来る面子が異なるし、性格もバラバラだ。今回は大人しい人であって欲しい。
ヤマザキがニヤッと笑った。

「酔った勢いでハイネとダニエル・オライオンの部屋に入り込んだコロニー人がいたんだとさ。白いドーマーを見たかったと後に言い訳したそうだが、そいつはダニエルのベッドに潜り込もうとした。弟の悲鳴に驚いたハイネが、弟を守ろうとして、その無礼なスポンサー様を散々にぶちのめしたと・・・」
「マジか?」
「ワッツがそう言っている。彼は5歳だった筈だがね。」
「つまり・・・ハイネを視察団から隠すのは、彼を守ると言うより、視察団が彼を怒らせないよう手配すると言うことか?」
「まぁ、そんなところだろう。ハイネは視察団が嫌いだから隠れると言うタマじゃないからね。」