2018年4月6日金曜日

泥酔者 7 - 1

 ケンウッドは書類の山と格闘し、昼過ぎにはなんとか片付けることに成功した。ブラコフ副長官は新副長官候補達を連れてドーム内を歩き回っている筈だ。地球勤務経験者は男性1名だけで、それもオセアニア・ドームのパプア分室だと言うから、ドーム本部勤務は未経験者と見做して良いだろう。
 昼休みから戻って来た秘書のスメアが、ジェフリー・B・B・ダルフーム博士の来訪を取り次いだ。アメリカ・ドーム古参の遺伝子学者だ。彼は地球人の男性側のX染色体がクローン女性の染色体を拒むことを発見した。もう40年も前の話だ。それ以降、何故染色体同士が拒み合うのか、どうすれば問題が解消されるかと色々と研究されて来たが、今もって解決策が見つけられないでいた。
 ダルフームも既に70歳を過ぎている。そろそろ重力が負担になってくる頃だ。ケンウッドはこの博士の個人的な生活は全く知らない。あまり研究の接点がなく、研究室もフロアが違うので滅多に顔を合わせない。会議でもダルフームが発言することはなかったし、出席しているのかいないのかわからない。だから、長官執務室に来訪と聞いて、意外な感じがした。
 ロマンスグレーの髪が少し薄くなった中背のダルフームが入って来た。癖なのか、少し背中を丸めて猫背になっている。ケンウッドは挨拶して椅子を勧めた。ダルフームは首を振った。

「すぐに退散します。今日はちょっと疑問に感じたことがあったので、長官に進言に来ました。」
「疑問?」

 研究で進展があったのかと期待したケンウッドはちょっぴり失望しながら尋ねた。ダルフームは秘書を振り返った。スメアは相棒がまだ戻らないので、1人で仕事を始めていた。
彼女がこちらの会話に聞き耳を立てていると思えなかったので、ダルフームは長官に向き直った。

「例の1ヶ月早く来てしまった博士のことですが・・・」
「ええっと・・・レイモンド・ハリス博士のことですかな?」
「そうです、あの方は本当にハリス博士なのでしょうか?」

 ケンウッドは思わず机の上に体を乗り出した。

「どう言うことです?」
「半月前に副長官が我々に発信された広報では、ハリス博士は紫外線と染色体の関係を研究されているとか?」
「うん、委員会から送られてきた個人データにそう書かれていましたが?」

 するとダルフームは自身の端末に開いたデータをケンウッドに見せた。

「これがハリス博士の公式サイトのプロフィールです。」

 ケンウッドは端末を受け取ってデータに目を通した。そして顔を上げてダルフームを見た。

「骨の形成の研究者?」