2018年4月14日土曜日

泥酔者 9 - 1

  ポール・レイン・ドーマーは北米南部班担当地域の中央辺りにあるウェスト・セント・ルイスと言う町のカフェで人を待っていた。同行しているのは部下のジョージ・ルーカス・ドーマー局員だ。映像撮影が趣味なので地方に出かけると色々な風景や住民の生活を記録撮影しているので、執政官達にファンが多い。美男子のというより才能のファンだ。今回の待ち人は撮影を嫌うだろうから、レインはルーカスにカメラに気づかれないように用心するよう注意を与えていた。ルーカスは手を握ると隠れてしまう小さなカメラを持っていた。遠望は無理だが近撮には効力を発揮する代物だ。
 苦い味が苦手のレインが、泥水の様な不味いコーヒーに辟易していると、やっとドアを開いて髭面の男が入って来た。約束の目印である赤いスカーフを首に巻いている。彼は遺伝子管理局のダークスーツを着た2人の若い美形の男をカウンターに見つけると、さりげない風を装ってレインの隣に座った。
 レインは内心はとても嫌だったが、カウンターの上に片手を出して置いた。男はコーヒーとホットドッグを注文して、黙って古い旧式の端末を出し、ニュースを見始めた。彼等は口を利かずにそのまま黙って座っていた。
 店内は昼時だったので、賑わっていた。コーヒーだけで座っている遺伝子管理局員には迷惑そうな顔をしながらも、店主は文句を言わずに仕事をした。局員に絡むと彼の養子の息子に嫁がこないかも知れない。それは嫌だった。妻帯許可を出して合格したのに、結局相手を見つけられずに、養子をもらったのだ。男手一つで息子を育てたが、同士が大勢いたので、それは辛くなかった。男の為に育児教室がどの町でも開かれているのだ。しかし、妻を得た男が羨ましいのは変わりない。息子にはそんな悔しい思いをさせたくないのだ。だから彼は遺伝子管理局がやって来て、コーヒー1杯で長居しても文句言わないことにしていた。
 ガヤガヤと賑やかに喋るテーブル席の客の声に紛れる様に、男が独り言を呟いた。

「4Xの方程式を完成させたのは、ベーリングと言う夫婦が率いているメーカーのグループだ。」
「ベーリング?」
「トリスタンとマルセルと言う夫婦だ。」

 男はそれだけ言うと、カウンターの上のレインの手に自身の手を重ねた。まるでレインの手を弄ぶ様に握り、レインが指の間に忍ばせていた紙幣を取って、自分のポケットに入れた。その間にレインの頭の中に痩せて岩やサボテンの荒野が見えた。荒野の中に平屋のガラスと鉄筋で出来た建物が建っていた。周囲に樹木が植えられ、噴水も前庭にある。お金をかけた建物だ。

 ベーリング夫妻の研究施設か・・・

 何処にあるかは、男は伝えて来なかった。しかしあまり遠くない場所だろう。
 男が立ち上がり、カウンターにコーヒー代を置いて出て行った。