2018年4月2日月曜日

泥酔者 5 - 7

 アメリカではもう夕方になっているだろう。帰り着けば丸1日出かけていたことになる筈だ。ベルトリッチ委員長は多忙で宇宙港迄見送れないことを謝った。

「私も地球に戻って働きたいのですが、この地位に就いてしまうと身動きが取れなくて・・・」

 彼女はアイダ・サヤカに微笑みかけた。

「貴女の口紅の色、素敵だわ。地球製ですよね?」
「はい、ドーマーの男の子が気を利かせてお土産に買ってきてくれるのです。お気に召されたのでしたら、同じ色の物を買ってきてもらいましょう。重力休暇に入る執政官か研究助手達に託けてお届けしますよ。」
「本当に! まぁ、嬉しいわ!」

 女装したハイネ並みに大柄な女性の姿をしたベルトリッチ委員長は頰をピンク色に染めて喜んだ。彼女は車に乗り込むケンウッド、アイダと握手してビルの執務室へ戻って行った。
 車が走り出すと、アイダがケンウッドに尋ねた。

「委員長執務室にスパイラル工業のCEOがいらっしゃいましたね?」
「うん、何か意見をされるのかと危惧したが、黙っていましたね。」
「セイヤーズと言うことは・・・ダリルの母親のオリジナルでしょうね。髪の色が似ていましたし、顔の輪郭も面影がありましたよ。」
「うん・・・」

 ケンウッドはアイダが何を言いたいのか、ようやく気が付いた。

「危険値S1保有者か・・・」
「でもヘテロなので軍の監視対象になっていません。」
「彼女は息子が3人いたと思うが・・・S1は持っていないのだな・・・」
「幸運ですね。コロニー人でもS1の能力が発現すれば軍が黙っていませんわ。」

 ケンウッドは溜め息をついた。

「遺伝子に手を加えるなど・・・本当は人間がやってはいけない分野の筈です。だが、母星である地球を汚染して宇宙に新天地を求めた為に、怪物扱いされる子供を作ってしまった。私達人間は罪深い生き物ですよ。」
「ダリルは良い子ですよ。その証拠に、逃げてから10年以上経つと言うのに、あの子が悪さしたなんて噂はどこにもないじゃないですか。」

 彼はアイダ博士の横顔を見た。口元に微笑を浮かべた彼女の顔は、ヤマザキが冗談で言った観音菩薩を連想させた。男達が安らぎを感じる微笑みだ。

 この人は本当に母親なんだ。大勢のドーマー達のお袋さんなんだな・・・