2018年4月13日金曜日

泥酔者 8 - 6

 ブラコフは3名の候補者に来週もう一度面会して意識の変化を見て見ると言った。彼はそれ以上面接に関して言うことがなかったので、長官に「次へどうぞ」と言った。それでケンウッドは定時の業務確認をして、普段通りの時刻に打ち合わせ会を終わらせた。
 退官と面接のまとめで忙しいブラコフは打ち合わせを終えると、お先に失礼します、と昼食の為に長官執務室を出て行った。ハイネ局長は端末で彼自身の秘書とやり取りをしていたが、長官に報告すべき重要案件はなかった様子で、端末をポケットにしまった。

「昼食はどうされますか?」
「うん・・・一般食堂に行こうか。昨日は中央の方ばかりだったから。」

 2人は立ち上がった。ハイネがさりげなく言った。

「昨夜は挨拶もなくお暇してしまい、申し訳ありませんでした。」

 ケンウッドは小さく苦笑した。

「好きなだけ私を利用してもらって結構だ。あれからすぐ君の部屋に帰ったのかい?」
「ええ・・・少し寄り道しましたが・・・。」

 やはり彼女の部屋に行ったのだ。ケンウッドはそれ以上野暮な突っ込みをするのを止めた。
 彼等は中央研究所を出て一般食堂に向かった。食堂は昼の混雑が緩和される時刻で、テーブルに空きが出てくる頃合いだった。ハイネは機嫌が良かったので若い料理人を冷やかしてから青菜の翡翠炒めや茸の唐揚げなどの中国風の料理を取り、最後にデザートの卵プリンを皿に置いた。ケンウッドも海鮮と野菜の炒め物と牛肉の山菜の炒め物を取った。
今日は野菜の炒め物がたっぷりのメニューだった。2人は箸を上手に操り(ドーマー達は箸の使い方を幼児期に習う)中国料理を楽しんだ。

「そう言えば、遺伝子管理局に綺麗な中国系の局員がいたね。」

 ケンウッドは美少年趣味ではないが、研究者達の間でもっぱら噂になっている若者の話題を出した。小柄だが格闘技の腕はなかなかのものだと言う。なめてかかったコロニー人がこてんぱんにやられた話をすると、ハイネが嬉しそうに笑った。

「パトリック・タン・ドーマーですな。誰もが彼の外見に誤魔化されて、勝てると思うらしいのです。」
「ドーマー達は皆外見より中身が素晴らしいのだが、それを理解出来るコロニー人は少ないなぁ。」

 ケンウッドはちらりと食堂の奥を見た。そこにポール・レイン・ドーマーのファンクラブの面々が集まっているのが見えた。殆どが執政官だ。レインを取り囲んで機嫌を取ったり他愛のない会話を楽しむ連中だ。しかしこの日レインは外に出かけているのか、姿が見えなかった。だからファンクラブも大人しくしているのだった。

「レインのファンクラブの創設者はヘンリーなのだが・・・ヘンリーはドーマーの外見が好きだったが、内面もしっかり理解していた。今のファンクラブを見たら嘆くだろうなぁ。」
「ヘンリーは時の流れも理解していますよ。もしここに彼がいたら、また別のファンクラブを創ったでしょう。」

 ケンウッドはヘンリー・パーシバルがまた月の執行部で働くことになったことをまだハイネに教えていなかった。月に戻ってくるからと言って地球に来るとは限らない。余計な期待を抱かせてがっかりさせたくないのだ。
 ケンウッドは情報の代わりに冗談のつもりで言った。

「そうだな、次は君のファンクラブでも創るんじゃないかな。」